ショートストーリー カルボナーラ
カルボナーラは外で食べる。
自分で作ると、熱が入りすぎてポソポソになる。
見た目が良くても味がボケてたり、塩辛かったり理想にならない。
同居する彼は、不器用だと笑う。
「カルボナーラが食べたいです」
たいうのはうちでは
『今日は外食したいです』
ということ。
朝食のパンを噛じる同居人は、少し考えてから
「先週、部署の女の子から美味しいパスタ屋さんを教えて貰ったから、今夜はそこに行きましょう」
と、流れるように行き先を決めた。
彼に弁当を持たせて、私は会社へ行く姿を見送った。
ハアと重いため息が出る。
動く気になれない。
仕事をやめてから、時々こういう日がある。
気怠くて、面倒くさくて、悲しい。
ソファでぼんやり真っ白な天井を眺める。
私が住んでいたアパートとは、まるで違う清潔さ。
なぜ自分がここにいるのか。
自分でも不思議になる。
会社の取り引き先だったはずの彼の家に、いつの間にか居候として転がり込んでいる。
考えれば考えるほどカオス。
この状況をかれこれ三ヶ月続けているのは、お互いにどうかしていると思うが。
鬱々とした気分で吐きそうで、これ以上、何も考えたくなくなってきた。
食器洗いも洗濯も掃除も後回しにして、眠ることにした。
固く目を瞑る。
ソファなのに眠りを誘う柔らかい感触に、改めて自分の部屋ではありえないことを意識が飛ぶ直前まで考えていた。
あれから、あれこれ用事を済ませ、今は彼の会社の前に来ている。
昼頃に
『お店まで一緒に行きましょう』
とメッセージがきて、時間指定までされていた。
現地集合で良いのにと思いつつ、大人しく従う。
正直彼の会社には、あまり来たくはない。
元いた会社の取引相手で顔見知りも多い。
辞めた理由を聞かれたり、今どうしているかなど聞かれて気まずいことの方が圧倒的に多い。
気が利くわりには、こういうところに気を使ってくれないんだな。
とあらかじめ被ってきた帽子を深く被り直した。
「おまたせしました」
スマホをいじって時間を潰していた私に、降ってくる声は今朝同様爽やかな声。
顔を上げると、本当に仕事したのか不思議になるくらい疲れを見せない彼が、目の前に立っていた。
「どうも」
と他人行儀に会釈をすると、彼は笑って
「じゃあ、行きましょう」
と行き先を促した。
着いたパスタ専門店で、頼んだカルボナーラは確かに美味しかった。
ソースは当然のように濃厚。
卵も濃厚。
ベーコンの塩気まで計算されていて、コショウのアクセントもちょうど良い。
持つべきものは気の利く同居人だな。
と舌鼓をうつ。
無駄なお喋りもなく、カルボナーラを二人で平らげた。
「少し、元気になったみたいですね」
満たされたお腹をさすっていると彼がふと、声をかけてきた。
満面の笑みを浮かべていて、大変満足そうだ。
確かに美味しかったから、彼の好みの味だったのだろう。
「美味しかったですから。ありがとうございます」
小さく会釈すると、彼はヘニョリと眉を下げる。
「そんな他人行儀なことはやめてください」
確かに、何もないとはいえ同居までしている仲だ。
だけど、礼くらい言わせてもらってもバチは当たらないんじゃないか。
そんなことを考えていた。
でも、彼の一言でそんなことは頭から吹き飛んだ。
「僕たち、そのうち結婚するんですから」
「へっ?!」
あまりに驚いて声もひっくり返る。
その後、声がガラガラになるまで意見交換会をした。
彼とこれほど喋ったのは、後にも先にもこの時だけ。
彼いわく、同居するというのは結婚前提以外あり得ないのだとか。
彼は、一人暮らしを始める前の娘と息子に、同じことを言い聞かせていた。
私のような貞操観念では危険極まりないと。
誘ったのは、そっちだろうと言いたいが、今日のところはカルボナーラで許してあげよう。
「カルボナーラが食べたいです」
私は、娘にこんこんと言い聞かせる彼の話を遮ってそう言った。