ショートストーリー 焼き芋

芋が持つ甘みは、濃いのにしつこくない。
ねっとりとした食感が、より甘みを感じさせる。
両手から感じる熱は、心までポカポカと温めた。

ノロノロした呑気な声の宣伝が外から聞こえた。
休日になっても誰とも会えない虚しさを埋めるために、ベッドに横たわって天井のシミを数えていた時だった。
やたら大きく響く、間抜けな焼き芋を叫ぶ声に自然と視線は外に向いた。
オレンジに染まる景色に、一日中寝ていたことをやっと理解した。

起きてもいないのはさすがに不健康すぎる。
私は、のそのそとベッドをおりて財布を片手に部屋を飛び出した。
石焼き芋の移動販売車は、意外にスピードを出していた。
走りにくいサンダルで、腕を振って追いかける。

移動販売のおじさんが気がついて止まってくれた頃には、私の息は随分と上がっていた。
おじさんは、すまんねと謝るも全く悪びれていない。
ラジオに聞き入っていたとか言って、カーラジオを指差した。

パーソナリティーがリスナーの相談を読み上げ、ジョークをまじえて意見を述べる。
そんなよくある内容だ。
おじさんはこの人の話は面白いんだと言いつつ、焼き芋を袋に入れる。
リスナーの相談から、のんびり青春時代を語りだした。

まったく興味がない私は、おじさんの話を聞き流す。
それどころか、いつ帰るかと夕日が落ちるのをジッと見つめて焼き芋を食していた。
おじさんの青春より、私の泡となって消えた青春のほうが大事だ。

今日は本当なら、フェスで盛り上がっているはずだったのだ。
それが、時世のおかげでパーになった。
推しに捧げるはずだったお金も時間も、見知らぬおじさんの話と芋に変わっている。
考えれば考えるほど虚しさは続く。

夕日が落ちきる頃に、おじさんはようやく話を打ち切った。
やっと開放される。
そう思ったら、おじさんがもう一つ袋を持たせてくれた。
久しぶりの人と話が出来たからと、お礼のオマケだそうだ。

おじさんは、礼も聞かぬままそのまま車のスピードをあげていってしまった。
私の手に残ったのは、熱々の焼き芋と食べかけの焼き芋。
食べかけを噛じると、じんわりと芋の熱と美味しさが体を巡った。
泡となったフェスの時間は戻ってこないが、これはこれで良いか。
家に帰る頃には、二個目の芋のおかげでそんなふうに絆されていた。

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