童話 森の動物病院
一
山おくの森に動物病院ができました。今まで病気になっても自然(しぜん)に治(なお)るのをじっと待(ま)つしか方法(ほうほう)がなかったので、森のみんなはすごく喜(よろこ)びました。
病院を開いたのは、おサルの鼻赤先生です。先生は、この森で生まれ育ち町へ出て、大きな病院で六年間修行(しゅぎょう)してきました。生まれ故郷(こきょう)の動物たちが病気になった時、困(こま)っていることを知っていたので、故郷へ帰って病院を開くことにしたのです。
病院は一人だけでできないので、故郷へ帰る前に、およめさんを見つけて、いっしょに帰ってきました。看護師(かんごし)さんですから、病院を開くのに、とても都合(つごう)がいいのです。もちろん、おサルで名前は白子といいました。
二
最初(さいしょ)の病人さんは、リスの幼(おさな)い子供(こども)でした。なれない木登りをしていて、落っこちて、手や足を打ったのでしょう。
「手と足が痛(いた)い、痛(いた)い」
と泣(な)いてばかり。お母さんリスは、どうしたらいいのかわからなくて、あわてて連(つ)れてきたのです。
よく聞いてみると、どうやら足よりも手の方が痛(いた)いようで、鼻赤先生は手首を右に回したり、左へ回したりして、その時、リスの子供(こども)の顏をよく見ていて、右へ回した方がよけいに痛(いた)そうだ、とわかりました。町の病院では、レントゲンさつえいをする機械(きかい)がありましたが、ここにはありません。開業するのがせいいっぱいで、そんな高価(こうか)な機械(きかい)を買うお金はありません。
「レントゲンの機械(きかい)がほしいなあ」
思わず、つぶやきました。仕方がないので、骨(ほね)が折(お)れていないかどうかを調べるのに、子リスの手首を先生の指でゆっくりなぞるようにおさえていきました。どうやら痛(いた)がるところは、右手の外側(そとがわ)の骨(ほね)の手首の上のところに、一本の線のように続(つづ)いていました。鼻赤先生が両手で、その線を境(さかい)にしてねじっても別(べつ)の動きはしませんので、折(お)れていないようでした。
「骨折(こっせつ)していないにしても、ひび割(わ)れしているかもしれないな」
そう思いました。同じように、足を調べてみると、足は、ただの打ち(うち)傷(きず)だけのようでした。
「大したことがなければいいのだがなあ」
といのりながら、鼻赤先生は手や足の手当てをして、手にはシップと念(ねん)のための固定(こてい)をして、
「明日も病院へ来てみせてね」
と、そっと、やさしく耳もとでささやきました。
その間、白子おくさんは看護師(かんごし)として、立派(りっぱ)に院長の手助けをするだけでなく、お母さんリスにも、やさしく声をかけたり肩(かた)や背中(せなか)をなでたり心配りをしました。リスの親子は感謝(かんしゃ)して帰っていきました。
明くる日、リスの親子がやってきました。その時、二人ともにこにこ、満面(まんめん)の笑(え)みでした。院長と看護師(かんごし)おくさんは、思わず顔を合わせて、にっこり。どうやら、大したことがなかったようです。昨日よりは、少しばかり余計(よけい)に、はれていはいるものの、痛(いた)みの方は昨日よりは大分少ないようでした。
幼(おさな)い子供(こども)なので治(なお)りが早く、二週間後には、すっかりよくなって、無事(ぶじ)終わりになりました。
春、真(ま)っ盛(さか)りのころのこと。動物たちがうれしくて、活動を始めた時の事故(じこ)でした。
三
六月になりました。おサルのお母さんが子ザルを連(つ)れて来ました。
「子供(こども)が『お腹(なか)が痛(いた)い、痛(いた)い』と泣(な)いています」
よく聞いてみると、一週間前にグミの実をたくさん食べたようです。
それから一度もウンコが出ていないことも分かりました。
院長は、
「グミの実の食べすぎで、便秘(べんぴ)になっているのだよ。便秘(べんぴ)って、ウンコがきちんと出ないことだよ」
そう言いました。
「この薬をのんでごらん」
便秘(べんぴ)の薬を出して、のみ方などを教えました。
次の日、子ザルが元気な声で、
「先生、ありがとう。あれから、ウンコがたくさん出て、いっぺんによくなったよ。もう元気、元気」
と報告(ほうこく)しました。
「よかったねえ。よかったねえ」
院長も白子おくさんも一安心(ひとあんしん)。いっしょに喜(よろこ)びました。
四
暑い夏が終わりかけたころ、暑さも、ほんの少し和(やわ)らいだ、ある日、今度は、タヌキおばあさんが来ました。
「このところ、歯茎(はぐき)がはれて痛(いた)くて痛(いた)くて、ものを食べるのも、つらいの」
としはとっても、いつも、元気が自慢(じまん)のおばあさん。今日は、いつもの元気がありません。
「いつも元気な人なのに、どうしたの?」
と声をかけながら、鼻赤院長は歯鏡(しきょう)といって、小さな鏡(かがみ)をとりだして、
「日ごろの元気はどこへ行ったのでしょうね。どれどれ、ちょっと見せてくださいね。ああん」
と言って、自分も口を開けて、おばあさんが口を開けると、その口の中をのぞきました。すると、左の奥歯(おくば)のベロ側が、大きくはれて、先の方が黄色くなっているのが見えました。指でふれてみますと、ぷわぷわしています。
「この時期(じき)はね。結構(けっこう)多いのですよ。歯茎(はぐき)がうんでいます。切ってうみを出すと、きっと楽になりますよ。切りましょうか?」
たずねました。
おばあさんは
「切るなんて、こわい。こわい」
ブルブルふるえています。
ここで、看護師(かんごし)おくさんの出番(でばん)です。やさしく、うまあく説得(せっとく)しました。さすがです。そして、無事(ぶじ)、切開(せっかい)が終わりました。
二日後には、はれていた歯茎(はぐき)も元のようになり、ずいぶん食べやすくなったので、おばあさんは大喜(おおよろこ)び。今までどおり、元気、元気のおばあさんにもどりました。めでたし、めでたし。
五
秋は実りの季節。たくさんの木の実がなるころです。山深い森ですから、この森にも、いろんな木の実がみのりました。
クマは、どんぐりの実が大好物(だいこうぶつ)。おじいさんクマは生まれつきの食(く)いしんぼう。木に登り枝(えだ)から枝(えだ)へとわたり歩いて、ちぎっては食べ、食べてはちぎりのくり返し。どんぐりの実をたくさん食べました。一日中、食べていたようです。
そして、明くる日のこと。おじいさんクマは、
「ちょっと、お腹(なか)がおかしいなあ。なにか、しくしく痛(いた)むなあ」
そんなふうでしたが、それでも
「まあ、少し様子(ようす)をみよう」
我慢(がまん)していました。
「さすがに、今日は食べる気がしないなあ」
夜になりましたが、一向(いっこう)によくなりません。
「一晩(ひとばん)眠(ねむ)ったら、治(なお)るかな」
ひとりごとを言いながら、眠(ねむ)ることにしました。
でも、眠(ねむ)れません。どんどん痛(いた)みが増(ま)してきました
もう「しかたがない。動物病院へ行こうかな。でも、夜もおそいし、鼻赤先生はもうねてるだろうなあ」
しばらく、我慢(がまん)していましたが、もうどうにもならないほど痛(いた)くなりました。
腰(こし)を曲げながら、やっとの思いで、動物病院へたどり着きました。
病院のげん関(かん)のドアをたたいて
「先生、お腹(なか)がどうにもならないほど痛(いた)むのです。助けてください」
おじいさんクマがさけびました。
「こんな夜おそくに、誰(だれ)だろう。よっぽど困(こま)っているのだろうなあ」
鼻赤先生がドアを開けるなり、おじいさんクマが倒(たお)れこみました。自分だけの力で、もう一歩も歩けません。白子おくさんと二人がかりで、重いおじいさんクマを助け、だきかかえるようにして、診察室(しんさつしつ)へ連(つ)れて行きました。
診察(しんさつ)の結果(けっか)、どんぐりの食べ過(す)ぎがもとで、胃(い)が弱って穴(あな)が開く病気、胃(い)かいようを起(お)こしているか、起(お)こしかけているようでした。鼻赤先生は、とりあえず、痛(いた)みを取り除(のぞ)く薬と眠(ねむ)り薬を注射(ちゅうしゃ)して、しばらく眠(ねむ)らせることました。入院(にゅういん)です。先生と看護師(かんごし)おくさんが、一晩中(ひとばんじゅう)つきっきりで看病(かんびょう)しました。ぐっすり眠(ねむ)ったおじいさんクマは、朝、目覚(めざ)めると、痛(いた)みはなくなっていました。でも、これで治(なお)ったわけではありません。続(つづ)いて、きちんと治療(ちりょう)をしなければなりません。
「先生、奥さん、ありがとう。おかげさまでよくなりました。ありがとうございました。ありがとうございました。」
何度も何度も、お礼を言って帰っていきました。もちろん、その後も続いて治療(ちりょう)する約束(やくそく)をしていました。
六
おじいさんクマが帰ったので、鼻赤院長も看護師(かんごし)おくさんも、ほっと一息(ひといき)。二人とも、昨夜(さくや)はほとんど眠(ねむ)らなかったので、ちょっと眠(ねむ)りたいと思っていましたが、ちょうどその時、イタチおじさんがやってきました。
二、三日前から、右前足の裏側(うらがわ)がはれて痛(いた)むし、歩くのにも一苦労(ひとくろう)しているというのです。
早速(さっそく)、足の裏をみますと、ほんと大分はれています。消毒(しょうどく)をすませて、そっと足の指をかき分けてみますと、小きな物がささっています。それをつまむ道具、毛抜(けぬ)きのようなピンセットで、赤鼻院長が上手につまみだして引きぬきました。どうやら、栗のイガのとがった先のようです。イタチおじさんが、
「そうだ、思い出した。この間、クリを食べたくて、クリ林でイガから中の実をとり出して、食べたんだ。おいしかったぜ。きっと、その時に刺さったにちがいない」
それから三日後、イタチおじさんは、足を治(なお)してもらったお礼に、クリの実をたくさん届(とど)けてくれました。そして、すっかりよくなって、楽に歩けるようになったことを報告(ほうこく)してくれました。
クリの実をたくさん届(とど)けてもらったこともうれしかったけれど、それよりもイタチおじさんの足がすっかりよくなったことの方がもっとうれしくて、鼻赤院長とおくさんは、にっこりほほえみました。
七
冬が来ました。動物たちの中には、「冬眠(とうみん)」」と言って、長い冬を眠(ねむ)って過(す)ごすものもいます。多くは小型(こがた)の動物ですが、クマだけは大型(おおがた)です。クマは、他の動物の冬眠(とうみん)と少しばかり理由(りゆう)がちがうので「冬ごもり」という名前で区別(くべつ)するそうです。
冬でも冬眠(とうみん)をしない動物もいます。鳥は冬眠(とうみん)しません。それは、空を飛(と)ぶために体の余分(よぶん)な部分(ぶぶん)をすてて、体重が軽くなるように進化(しんか)してきたからです。だから、いつも食べ続(つづ)けなければ生きていけないのです。冬だからといって、眠(ねむ)っておれません。鳥は空を飛(と)んで遠くでも移動(いどう)できるから、寒くなれば暖(あたた)かい場所へ移動(いどう)すればいいので、冬眠(とうみん)しなくてもいいのでしょうね。でも、その移動は鳥たちにとっては大変な負担(ふたん)だと思います。
冬はクマや小さい動物たちが来ないので、森の動物病院は少しひまでした。そう思っていたら、とつぜん、ハクチョウの子供(こども)がやってきました。夏や秋はもっと北の方の国で過(す)ごし、冬になったので、こちらへやってきたのです。
幼(おさな)い子ハクチョウが言いました。
「はじめまして。ロシアの国から飛(と)んできて、今日、着いたばかりです。でも、つかれました。もう、くたくたです。これ以上、飛(と)べません。仲間(なかま)のみんなは、もう少し南の方へ飛(と)んで行きましたが、私だけ、取り残(のこ)されてしまいました。元気が出るように、何とかしてください。お願(ねが)いします。早く仲間(なかま)のいる所まで飛(と)んでいきたいのです」
幼(おさな)いハクチョウは、遠い国から飛(と)んでくる間に、力を出し切ってつかれが出てしまったようです。鼻赤院長は、栄養剤(えいようざい)などいろいろ混(ま)ぜて点滴(てんてき)をしてあげることにしました。
鼻赤院長がゆっくり時間をかけて点滴(てんてき)をしたので、子ハクチョウは死んだように、ぐっすり眠りました。夜が明けるころ、点滴(てんてき)が終わりました。点滴(てんてき)が終わった時、目を覚(さ)ました子ハクチョウは、すっかり元気になって言いました。
先生、ありがとう。おかげで元気になりました。これで、またがんばって、みんなに追いつこうと思います。でも、道がわからないので、心配だわ」
鼻赤院長とおくさんは、子ハクチョウの姿が見えなくなるまで、長い間手をふって、無事(ぶじ)に仲間(なかま)に追いついてくれるように心からいのりました。
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