百物語 第二十二夜

仕事の都合で、九州出張したことがある。

営業所の社用車を借りて、別の営業所まで、夜中に九州の山の中を延々ドライブすることになって、僕は非常に恐々だった。

山を越えていかねばならないので、道も随分くねくねしており、狭かった。眠気を感じてもしばらく路肩に停めて仮眠というわけにもいかず、僕はブラックガムを噛みながら、ひたすら夜の山道でハンドルをきり続けていた。なにせトランクの中の部材を明日の朝一番で営業所まで届けなければならないのに、まだ道のりの半分も到達できていないからだ。

ふとみると、さっきまで誰も居なかった道路の前方に、車の明かりが見えた。前の車に追い付いたらしい。白いプリウスだった。

僕は少しほっとした。
いつの間にか時間は午前2時になろうかという頃だったし、対向車すら全く通らない田舎の山道、誰か人がいることはとても心強い。

実のところ、あまり運転に自信のあるタイプでも無いので、前を行く白いプリウスの華麗なハンドルさばきに着いて行けることが、ありがたかった。
地元の人間なのだろう、よどみなくスラスラと山道を運転していく。更に後続の僕のことを考えてか、かなり早くからゆっくりとブレーキをかけてくれ、スピード管理もしやすかった。

お陰さまで、予定よりも少し早めに、山道を抜けることができた。
車道が二車線の大きな道路に出るとき、僕はここまでの感謝の気持ちもあり、どんな人なのか知りたいと思って、信号待ちに並ぶ際にその姿を捉えようとした。

まだ日も上がりきっておらず、頼りは車道と車の明かりだけ…。

そのなかで僕が見たものは、白いプリウスの運転席に座っている、熊の姿だった。
熊は驚く僕にパッシングで挨拶をすると、左折して消えていった。

僕は呆然としながら、なんとなく「プリウスの運転席広いな…」と考えていた。
信号が変わってもしばらくそこから動くことが出来なかった。そのせいか、結局営業所到着はやや遅れてしまった。

後から調べたが、九州には熊はいないらしい。

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