百物語 第十六夜
九州のK県N市に住んでいます。
時々遊びに行くよりほかは、九州を出たことがなく、N市以外のところに住んだこともありません。ちいさな田舎町ですが、個人的には住みやすく気に入っています。
県内の女子大を卒業後、隣の市のモールに就職したのを機に、携帯の契約を親から自分に変えました。
新規契約にしたので、番号など一新され、友人知人には知らせましたが、そのほかの通販サイトなどは面倒で、なんとなくそのままひと月ほど過ごしました。
ところが、その頃からなぜか、知らない番号から頻繁に電話がかかるようになりました。
これは本当に用があるのだな、と感じ、電話に出てみると、相手は知らない50代くらいの女性でした。
「ゆうちゃん? えりちゃんのおばちゃんよ? 今どこにいるの? 迎えに行きたいんだけど」
こちらの話も聞かずに、急いだようにまくしたてられました。
私は、とりあえず細かい事情は抜きに、間違い電話ですよ、とだけ告げました。なにしろ名前にまったく憶えがありません。相手はなぜか不服そうに食い下がってきましたが、どうしようもないことにあきらめたようで、なんとか電話を切ってくれました。
しかし数日たつとまたその女性から電話がかかるのです。
「ゆうちゃんじゃありませんよ。」と否定すると、「じゃああなた誰なの? この前もあなただったわよね?」と言われ、少し警戒していた私は「佐藤です」と、偽名を名乗りました。
しばらくして、公衆電話からの着信に出てみると、またその女性でした。さすがにお互い不思議に思い、念のため、相手のかけたかった番号を言ってもらうと、それは本当に今の私の携帯の番号で間違いありませんでした。
私は、ひと月前に携帯を新規購入したこと、D社では解約後数か月で他の人に番号を回すこと、「ゆうちゃん」はあなたの知らない間に携帯番号を変えてしまったのではないか、と説明しました。
女性は、「ゆうちゃん」に連絡がつかないことを非常に残念がっていましたが、一応納得し、その後彼女から間違い電話がかかることはありませんでした。
しかし、女性からの電話がなくなったのと同時に、今度は複数の知らない男性から電話がかかってくるようになりました。
急に、近かったら迎えに行くよ、などと陽気に言ってくるのですが、本当に全く知らない人なので、おそらく間違いであることを告げ、電話を切りました。ある日、そのうちの一人が「この電話番号がとある掲示板にかかれている」ことを教えてくれました。
アドレスを教えてもらい、アクセスしてみると、出会い系の掲示板のようでした。
「ゆう 19歳 お友達募集 連絡ください 090-×××… 」
書き込みは数日前。どうやらこれを見た男性からたくさん電話がかかっていたようでした。
おかげで私は納得しました。
なるほど「ゆうちゃん」は誰かに恨みをかうようなことでもして、こうして嫌がらせを受けるので、こっそり電話番号をかえたのだな、と。だからあの女性と、この書き込み主は、ゆうちゃんの番号が変わったことを知らなかったのでしょう。
私は運営に書き込み削除を要請し、意外にもすばやく対応してもらえたことで、電話はなくなっていきました。
そしてまたひと月が過ぎ、忘れかけていた頃、また知らない番号からの着信をうけました。
「またきっと例のゆうちゃんに用事があるのだろう」と、応対してみると、電話の主の若い男性は、なぜかすごく笑いながら「もしもし? ねえ今どこに住んでるの? 」と聞いてきました。
名前も名乗らず、こちらも聞かれず、そしてやたらと後ろでざわざわとたくさんの人の気配がしていました。
「ねえどこに住んでるの?」
「どこ? N市?」
どうして、全国で使いまわされるはずの番号なのに、的確に私の居場所が分かったのでしょう。それもこんな田舎の小さなところが。
本当にぞっとして、私はとっさに嘘をつきました。
「今ずっと大阪のほうに住んでおります」
「ああ…そりゃ残念だなあ」
そう言って電話は切れました。
それ以降、もう何年も間違い電話は受けていません。
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