「グレープパークコート」を妄想してみる
ふらっと誰もが気軽に立ち寄れて、そこには立派なストリートバスケットコートがある。
誰が言い出すわけでもなく、そこに集まった人たちでピックアップゲームが自然と始まる。
ストリートならではの激しいマッチアップがあり、トラッシュトークもあり、試合が白熱するとともに、観客も集まってくる。
歓声や野次も飛び交う中、コートでプレーする選手たちはさらに熱気を帯びていく・・
その場所の中心にあるのは「ストリートバスケットコート」だけれど、それがあることで、人がこうして自然と集まってくる。
たとえ、そこが「私有地」であろうと、誰にでも解放された場所であれば、そこは「公園」となる。
「公園」という「自分たちの場所」という感覚を共有することができれば、自ずと皆んなでルールやマナーを作り、その場所を守っていける。
お祭りが地域に根付いたものであるように、この場所から新たな「お祭り」が生まれたりしたら、最高。
それは、「ストリートバスケットボールトーナメント」であったり、「バスケットコートの上で開催される音楽フェス」だったり、「バスケットボールを全面に押し出したウェディングパーティー」だったりするかもしれない。
遊び方は自由だ。
「ストリートバスケットコート」の横にカフェが併設されていれば、子供を連れてきた親たちだって、美味しいコーヒーを飲みながらゆっくり過ごせるかもしれない。
そのカフェで働く人間が、この「ストリートバスケットコート」の管理人さん。
カフェの利用がなくたって、子供達は自由にバスケットができる。
でも、トラブルがあったりしたら、すぐに「管理人さん」が仲裁に入ったり、対処する。
「管理人さん」だけじゃなく、カフェに集まった大人たち皆んなで、そこで遊ぶ子供たちを見守ることができる・・・!
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