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文士の惡風恐るべし 野卑奸獝

 永井荷風の『断腸亭日記』大正十四年七月九日にこうある。

森先生三回忌なれば墓参に赴かむとせしが事に妨げられて行くこと能はず。夜木曜會なり。席上の談話に文士山本有三この程松竹キネマ會社にて、山本が舊著阪崎出羽守を活動寫眞に仕組み替へたりとて、其の興行を差留め、遂に松竹より金三千圓の賠償金を獲たりとの事なり。近時文士の惡風恐るべし。山本は以前壮士役者川上音次郎に随従せしものヽ由。曾て帝國劇場にて其脚本を上場せし時にも何やら事を構へてゆすりがましき所業をなしたりと云ふ。

 なかなか厳しいことが書かれている。これが見方を変えると「著作権の確立に尽力した」となる。しかし山本には他に、

 漱石門下の久米正雄とは親友だったが女優木下八百子を巡って険悪となり、久米が漱石長女筆子の愛を巡って松岡譲と争ったいわゆる『破船』事件の際には、久米を陥れようと企んで、久米を女狂い、性的不能者、性病患者などと誹謗中傷する怪文書を、筆子の学友の名を騙って夏目家に送りつけた一面があった。怪文書の筆跡は明らかに女性のものだったが、有三が起草した文章を夫人に清書させたと、久米も松岡も筆子も考えていた。(ウイキペディア「山本有三」より)

 …などの醜聞もある。山本有三と云えば、

氏こそ健康安全ないはば現代に最も適應した「家庭小說」の作家であるまいか。そして結局そのやうな「家庭小說」的作品といふところが、氏の文學的限界ではなからうか。家庭小說いささかも輕蔑すべきではない。(十返一
『作家の世界』)

 …というイメージしかなかったが、わざわざ話題に上るのは、他に何かあったのか。他に何かあったのかと勘繰ること自体があやまちなのか。

 九月廿三日。午前春陽堂主人和田氏来訪。文士菊池寛和田氏を介して予に面會を求むといふ。菊池は性質野卑奸獝、交を訂すべき人物にあらず。

奸獝 …狂人と云ったところか。奸獝この言葉もほかに用例が見つからない。DeepLは飛ばして訳しているな。

交を訂する …交わりを結ぶ。

午前中、春陽堂のオーナー和田氏が来訪。和田氏を通じて、文学者の菊池寛と面会したいとのこと。菊池は下品で邪悪な男であり、お付き合いすべき相手ではありません。

 マント事件は誤解だ。『真珠夫人』がいけなかったのか。

 十月廿四日にも「惡むべきは菊池寛の如き賣文専業の徒のなす所なり」とある。また小説家を志す宇佐川千代子に引見し、外国語、和漢文の素養、国文の重要さを解き、「新潮文藝春秋の如き常世の文學雑誌は一切手にすることなかれ」と持論を述べている。
 

 かたくなすぎるぞ、断腸亭。







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