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谷崎潤一郎の『蘇東坡』を読む 戯れ書きが騒ぎを生じさせたなら、評判にかこつけて公にそむくこともないだろう

 どうしても自分一人では完結しないこともあろうと思うので、今回は私が解るところまでの事を書いて、いつか誰かがその先の謎を解いてくれることを期待することにする。

 谷崎潤一郎の『蘇東坡』は「改造」に掲載後、『潤一郎喜劇集』に収載される。喜劇? 確かに陰惨なものは現れない。
 話の筋としてはシンプルなもので、蘇東坡が四十本の扇子に書を書いたら大いに売れたという程度のものである。
 しかしどうも隠されていることがある。
 まず例によって蘇東坡という人選が絶妙である。蘇東坡はなかなか剣呑な人物なのだ。

次代の神宗の時代になると、唐末五代の混乱後の国政の立て直しの必要性が切実になってきた。その改革の旗手が王安石であり、改革のために「新法」と呼ばれる様々な施策が練られた。具体的には『周礼』に説かれる一国万民の政治理念すなわち万民を斉しく天子の公民とする斉民思想に基づき、均輸法・市易法・募役法・農田水利法などの経済政策や、科挙改革や学校制度整備などの教育政策が行われた。蘇軾は、欧陽脩・司馬光らとともにこれに反対したため、2度にわたり流罪を被り辺鄙な土地へ名ばかりの官名を与えられて追放された。
最初の追放は元豊2年(1079年)蘇軾44歳で湖州知州の時代である。国政誹謗の罪を着せられて逮捕され、厳しい取り調べを受ける事になる。この時、御史台の取り調べの際に蘇軾が残した供述書は、後に「烏台詩案」と呼ばれ、問題とされた蘇軾の作品への彼自身の解釈が述べられている。この「烏台詩案」を書き残した時は死を覚悟していたが、神宗の特別の取り計らいで黄州へ左遷となった。左遷先の土地を東坡と名づけて、自ら東坡居士と名乗った。(ウイキペディア「蘇東坡」より)

 例によってわざわざ谷崎はこの蘇東坡を選んだ。「改造」はまた剣呑な雑誌である。大正九年といえば大正天皇の体調不良が公表され、摂政設置が検討されていた時期に当たる。これはあくまで状況証拠である。

 蘇東坡は「良人に従いたいと」落籍の願書を持って来た「高蛍」という芸者に詩を書いてやる。

書記甲(讀み上げる)「高山白きこと早し、瑩骨氷肌、那んぞ老を解せん、此れ從り南徐、良夜清風月湖に滿つ。」-ハテナ、先生、此れはたしか木蘭花詞の歌の文句ぢやございませんか。(谷崎潤一郎『蘇東坡』)

 その心はこうである。

「高山白きこと早し」だ、「瑩骨氷肌、那んぞ老を解せん」(さう云ひながら、朱で圏點を打つて行く)「此れ從り南徐、良夜清風月湖に滿つ」-それ此處のところに高、螢、從良と入れてあるのだ。(谷崎潤一郎『蘇東坡』)

 つまり漢詩がパズルになっているという訳だ。もう一人、「鄭容」にはこう書いてやる。

「鄭莊客を好む、我を容るる樓前先づ憤を墜さしむ。落筆風を生ずれば、聲名を籍りて公に負かず。」-先生、御冗談をなすつちやいけません、此れも矢張り木蘭花詞ぢやございませんか。(谷崎潤一郎『蘇東坡』)

 これもパズルで、その心は、

「鄭莊客を好む、我を容るる樓前先づ憤を墜さしむ、落筆風を生ずれば、聲名を籍りて公に負かず」-な、此處に此の通り鄭、容、落籍、とあるではないか。(谷崎潤一郎『蘇東坡』)

 ……だという。そんな馬鹿な話はなかろう。むしろ鄭、容、落籍、は赤ニシンで、詩の趣旨は「落筆風を生ずれば、聲名を籍りて公に負かず。」だろう。これを仮に「戯れ書きが騒ぎを生じさせたなら、評判にかこつけて公にそむくこともないだろう」と読めば、まず、この作品がメタフィクショナルな構造を持つことまでは解る。そして、

①この作中の別の歌にパズルが仕込まれている事

②そこから別の意味が現れる事

……までが予測される。しかし実際のパズルはまだ解けない。

淚は欄干を濕ほし花は露を着く
愁は眉に到つて峰の碧聚まる
此の恨み平分して取れば更に言語なうして空しく相窺ふ二細雨
殘雲意緒なし、朝々暮々
今夜山深きところ
斷魂潮に分付して回り去らん(谷崎潤一郎『蘇東坡』)

 これを蘇東坡は「離別の悲しみ」を歌ったものだというが、そこに仕組まれている筈のパズルが私の如き者には見つからない。

 ヒントは「悲しい歌もみんな喜びの種になるのよ。」というロジックなのだろう。「此の恨み平分して取れば更に言語なうして空しく相窺ふ二細雨」の「二細雨」の意味が解らない。そう数える? 「此の恨み」が何の恨みなのか解らない。「今夜山深きところ」なのに「斷魂潮に分付して回り去らん」となる仕組みも解らない。山深き所に池はあっても湖はなかろう。「斷魂」や「細雨」は蘇東坡の詩にも散見されるが、この詩の解釈をこれだと導くようなものは見つからない。

 しかし何かある。「此の恨み平分して取れば更に言語なうして空しく相窺ふ二細雨」これを読み下しから漢文に戻すとどうなるのかだけど、この時代に言語かなという気がする。でよくてが余る感じがするのは私だけだろうか。

 

 ここから先は誰かがやってくれないものだろうか。

 ということで、質問してみた。

 有意な回答はない。




「何かお祝いを上げたいが、私は金がないから上げる事ができません」


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