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餅花を吾輩先生にささげばや 芥川龍之介の俳句をどう読むか62

餅花を今戸の猫にささげばや

 この句には、

 一平逸民の描ける夏目先生の
カリカチュアに

 という言葉が添えられていて、さらに『澄江堂雑詠』において

「今戸の猫」

 画賛などと云ふものはまだ一度もしたことはない。が、下島先生に岡本一平の描いた夏目先生の戯画をつきつけられ、いろいろ考えた揚句、やっとかう言ふ句を書いて見ることにした。

 餅花を今戸の猫にささげばや

「今戸の猫」は通じないかも知れない。しかし作者は「今戸の狐」と言ふから、「今戸の猫」と称することも差し支へあるまいとこじつけている。


 こう説明されているので、どうしても今戸焼が解らないと鑑賞できない。この「今戸の狐」は落語にある「今戸の狐」のことで、落語の中に出てくる「今戸の狐」はどうしても今戸焼の狐になる。

 ここを今戸の猫=今戸神社の猫、招き猫と解釈するのはそう外れたものではない。結局その招き猫が今戸焼の猫なのだから。(もともとは狸が主だった。)ただ漱石を神社にしてしまうと小宮豊隆が出てきてしまうので、神社に飾るのではなく、今戸焼の猫のような先生の絵に餅花を飾るのだ、というところは確認しておこう。ここは必ず試験に出るところだ。(何の?)

 今戸焼は『吾輩は猫である』に出てくるので以前調べておいた。下の記事から詳細を確認してもらいたい。

 さらに言えば岡本一平の絵も見たくなる。

一平全集 第15巻


新漫画の描き方 岡本一平 著中央美術社 1928年


新漫画の描き方 岡本一平 著中央美術社 1928年


一平全集 第7巻 岡本一平 著先進社 1930年

餅花を今戸の猫にささげばや

 まさに吾輩という顔である。

江戸の今昔

 餅花とは小正月の飾り物で、本の山を背にして火鉢を抱える漱石先生の姿に季節を合わせたものであろう。


明治俳諧五万句


明治俳諧五万句

餅花や鉄瓶たぎる長火鉢

餅花の下春のよな炬燵かな

 寒そうに片手を引っ込めている先生に餅花を飾ってあげましょう、そういう句として読んでおこう。

 今戸焼と岡本一平の夏目漱石の絵の二つがきちんと捉えられていないとこの句は理解できない。当たり前のことを当たり前に。句としては背景に頼り過ぎた内輪受けのような句だが漱石と芥川の内輪なのだからこれはもうパブリツクのようなものだ。岡本一平の戯画を仲立ちにしてようやく我鬼が直接漱石を詠んだ句として記念碑的な作品でもある。

 つまり、

餅花を今戸の猫にささげばや

 こう詠まれた「今戸の猫」とは夏目先生である。



【余談】

 兩國橋の袂で先生と自分は一錢蒸汽に乘つた。隅田川へくると自分はきつとこれに乘る。芥川龍之介とも乘つた事があるが、何か間のぬけたのびやかさが好きなのだ。先生が臺灣旅行の話をなさると、自分は支那の旅を語る。例の呼び賣りの出現から腕無し藝者の妻吉の話が出る。妻吉が一錢蒸汽の中で自分の繪葉書を賣りつけられた話、上陸の時船員が手を取つてやらうとしてはめてゐた義手を掴み、それがスポリとぬけたのに驚いて腰をぬかした話。いつしか蒸汽は吾妻橋へ着いてゐた。

(南部修太朗『日曜日から日曜日まで』)

 ここで先生と呼ばれているのは馬場孤蝶である

 加奈子が私に瓦斯ストーヴを焚いて呉れたの。紫のような火がぼやぼや一日燃えてるの。私、一日だまって火を見てたら、火の舌に地獄だの極楽だの代り代りに出ちゃ消えるの。地獄のなかにはキューピー見たいな鬼が沢山居たわ。その周りに私をお嫁に貰って置きながら、すっぽかした男がうようよ居たわ。極楽って処、案外つまらないのね。のっぺらぼーの仏様が一つせっせと地面掘ってんのよ。でもそのあとが好いの。金と銀との噴水が噴き出してさ。おしまいに飛び出したの何だと思って? 秀雄さんあんたなのよ。初め加藤清正見たいだったのよ。あとでクレオパトラに逢いに行くアントニオになったの。それからナポレオンになり、芥川龍之介になり……ああ面倒くさい。早くあっちへ行きなさい。

(岡本かの子『春 ――二つの連作――』)

 芥川で遊んではいけません。


かの子の記

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