愛か不安か
では、生きる目的である
「あらゆる栄光を体験すること」とはどういうことでしょうか??
神が創り出した感情の源は「愛か不安か」の2つだけでした。
愛でないもののほとんどがこの「不安」と呼ばれるものです。
この2つが
神が宇宙と『俺、私、僕』たちの住む世界を
創造したときに生み出した2つの極でした。
だから
人間の行動にはこの2つの動機
「愛か不安か」しかないと神は言います。
魂の言語にはこの2つの言葉しかないのです。
人が何度も同じ体験を繰り返す理由もここにあります。
人を愛し、
関係を壊し
また人を愛するのは愛を失うのではないかとすぐに不安になるからです。
これを繰り返して
愛に支えられた行動を選ぶことができるようになれば
自らが望む人生が目の前に現れてくるのだと神は言います。
『ボブという名の猫』という実話を元にした映画は
それを分かり易く表しています。
ストリート・ミュージシャンの主人公ジェームズは
ホームレスなうえ麻薬中毒と闘っていました。
そんなジェームズはある日、怪我をした猫を拾い
自分の食費を猫の治療に使ってしまいます。
ですが
そのボブと名付けた猫がそばにいることで
彼の歌を聴いてくれる人が増え
猫を連れたストリート・ミュージシャンとして話題になり
ついには本を出すという栄光を手にするのです。
ジェームズが絶望的な人生から
抜け出すことができたのは猫に愛情を注いだからです。
自分に食べるものがないという不安よりも
野良猫を救うという愛を選んだことで
ジェームズは自分では気付かないながらも現実を変えていったのです。
つまり
栄光とは、愛を基準に選んだ結果
起こる奇跡のようなもの崖っぷちで生きていたジェームズにとって
最初の栄光は
「その日の食べ物にありつけること」や
「住む場所を得ること」でした。
猫を助けたことでそれが叶っていき
「クスリを完全に断つこと」や
「父親との絆を取り戻すこと」など
不安とは反対の愛を目指して行動するなかで
次々と「こうなりたい」を叶えて栄光を体験していくのです。
この目的の素晴らしいところはけして終わりがないことです。
栄光を体験すればするほどもっと素晴らしい栄光の可能性が開け
さらなる栄光を体験できるようになるからです。
自分が望む人生をどんどん引き寄せられるようになる、ということですね。