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夢を歌う小鳥、春夏の庭

凛晶は夜に起き昼に眠る。

王宮の南奥に凛晶の部屋はある。白い石で造られた小さな宮がそこだ。

玻璃が張られた小さな窓からは庭がのぞめる。小川を模した水の流れにそって木々が植えられており、春の花も夏の花も同時に咲いていた。

しかし凛晶がその庭の花を、その手でつむことも間近に見ることもなかった。何しろ花は夜にはしぼんでしまうのだから。

夜になると、庭からのびる細い道をたどって星詠小屋で凛晶は勤めを果たす。毎夜の星の位置と動きを書き込み、それを元に国の、この世の吉兆を詠む。

もっとも凛晶は星の通告を詠み取るだけで、それをどのような形で政治に反映するかは範疇ではない。ただ記録し、動きがあればそれについての意味を述べるだけだ。それでも万が一国に凶事あれば、それは星を詠み違えた凛晶一人の責任だった。しかし事前に凶事有りの予言をしたところで、それを詠んだ星詠みは国を陥れたとして責任を問われることになる。

そういう事情から、星の流れを詠める者はもうこの国に凛晶しかおらず、こうして小さな宮に一人でいる。それは凛晶の意思とは無関係だった。一人しかいないので大切に保管されているだけだ。



そんな暮らしの中で、昔「真昼間に眠るのは難儀だろうから」と、王宮に出入りしていた商人が小鳥をくれた。

なぜ眠るために小鳥なのかと凛晶は問うたが、昼になれば分かるからとその商人は答えず、そして二度と王宮に来ることはなかった。もう来ることは無いと決めて、この小鳥を置いていったのだろう。以降、小鳥は凛晶と共に暮らしている。赤銅で作られ透かし模様の掘られた籠を用意させ、大切にそこで飼っている。



朝方、まだ靄のかかる庭を通り星詠小屋から宮へ戻ると、凛晶はまず小鳥に餌をやる。

小鳥が粟を練った餌をついばみ始めるのを確かめてから、お湯を沸かした。

しゅんしゅんと銅の火鍋がわくと、そっと茶器に注ぐ。

それを飲みながら、凛晶は小鳥を眺めた。

庭には日の光が差してきて、靄が晴れてくる。川はちらちらと反射しはじめ、薄紅の花が開いた。

凛晶は茶器を置くと、するりと帯を解き薄い衣だけになって寝台へ横になった。夜具を顎まで引き上げて小鳥に言う。

「昼と夜、汝と我を、反転させる歌おくれ」

すると小鳥はぴちゅぴちゅと鳴き出し、凛晶は眠りにつくのだった。



小鳥に歌ってもらうと、不思議と夢を見るようになった。

あるときは、駱駝に乗って砂漠を旅していた。後ろにはあの商人が乗っていた。いつまでも果て無い砂の中を、二人でただ駱駝に揺られた。

あるときは、ガヤガヤと露店が犇めく町を歩いていた。手を引っ張るのはあの商人で、安物の花を模った髪飾りをそっとつけてくれた。

あるときは、幾冊もの書物が連なる部屋にいた。外国語が並ぶ一冊の美しい装飾本をあの人は静かに開き、凛晶に語って聞かせた。

それが心地よく、凛晶は毎日小鳥に歌を頼み、小鳥はそれに答えた。

小鳥の歌を聴くと、日が照っていても夜のように静かに眠れ、孤独を和らげる夢を見られるのだった。



それなのに、今日はその心地よい夢を見られなかった。

いや、見えたのはこの宮の庭だけ。

季節がでたらめに花が咲き乱れて、小川が流れる音が聞こえる。

必死にあの人を探すがどこにも居なかった。庭奥にある、さびれた東屋に誰かがいるような気配がしているのに、どうしてもそこへ行きつかない。宮の中に横たわる自分の姿だけが見える。

喉がカラカラに乾いて、目が覚めた。小鳥は歌うのを辞めている。



長く夢を彷徨っていた気がしたが、眠りについたばかりのようだった。まだ銅鍋からはわずかに湯気が出ており、小鳥の餌は残っている。外は真昼間だった。

凛晶はそっと起きだし、朱色の上着を羽織り靴をはいた。

片手に鳥かごを下げ、震えるもう片方の手で戸を開ける。昼間に庭へ出るのは初めてだった。

太陽が頂点に登った時間には、川はぬるく魚の影も見えた。薄紅の花は今が盛りと誇るかのように咲いて葉に影を落としている。庭にやって来た鳥の声を真似て、鳥かごの小鳥も歌を再開した。

凛晶は顔の側にある花を手折って匂いを吸い込んだ。夜にはない甘く青い香りがする。それが凛晶をはっきりと目醒めさせた。



赤銅の鳥籠に手をやる。かしゃりと音がして小さく開いた。

小鳥は待っていたかのように、歌いながら飛び立った。凛晶の周りを一周すると、庭の奥にある東屋へ飛んでいく。自分が見知った誰かが待っているかのように。


凛晶は意を決し小鳥の後を追った。昨夜の星には何かいつもと違うものが浮かんでいただろうか。もう夜は、遠い昔のことのようだった。

今はただ、庭の土がうすい靴を通してあたたかく、川がちらちらと光っている。花がこぼれるように咲き、むっとする香りを放っている。


なぜこの庭に春夏の花が同時に咲いているのかを、凛晶は理解したような気がした。それはたった今この一瞬、その人の元へ向かう凛晶のためであるはずだった。

<おわり>

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