飛浩隆『海の指』感想 色即是空
灰洋(うみ)に囲まれた島での生活が活きいきと描かれています。決してほのぼのした話ではないのですが、絵本を読んでいるような楽しさを感じました。
灰洋に地球が99%以上征服された後のポストアポカリプスもの、と思いますが文化的な生活を送っています。2000年入るかどうかくらいでしょうか。灰色のそば粉を溶いたような流体であるところの灰洋に、触れた物質は全て極限まで“可逆的”に分解されます。島と灰洋の境界には“霧”があり、そこから溶けたものを形あるものとして引き出す事ができます。これらを資源に生活を支えています。
色即是空 空即是色
なんだか、この話を読んで思い起こされたのは色即是空という考え方です。
目に見えるもの、形づくられたもの(色)は、実体として存在せずに時々刻々と変化しているものであり、不変なる実体は存在しない(空)。仏教の根本的考えは因果性(縁起)であり、その原因(因果)が失われれば、たちまち現象(色)は消え去る。
灰洋がここで言う空であり、縁を切られたモノの集合として存在と考えるとちょっとわかった気になれました。空へ縁を結ぶ事で色となる、例えば銅像や、ロケットや、生きている人になる。
いつかはその灰洋へ分解され戻っていく。そして、空の中で再び縁を結ばれる事で色を得るというサイクルがあります。相手も、自分も、犬も猫も自然も建築物も、全てが元は同じ海から形を得ていて、全てがそこへ帰っていく。自分というものに執着がなくなって寛容になれるような、自分と他人の境界が曖昧になって怖いような感覚を受けます。
島の生活、ちょっとエッチな描写とハサミはグラン・ヴァカンス感を感じました。グラン・ヴァカンスは既読ですが、ソラリスはまだ1割ほどしか読めていないので知性を持つ海については比較対象がないのが口惜しいです。