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取り調べ資料31【見上げればまた】

「…ただいま〜...」

…と言っても、家には誰もいやしないんだけど…

中学2年生にあがるころ、両親は離婚することになり、父とは別居になった、それが僕が問題を起こしたせいなのか、姉の精神障害が分かったせいなのか、父が職を失ったせいなのかは知らないが、離婚すると言われた時驚きもしなかったのは確かである。
母のことは尊敬しているし、父のことも大人になって思えば立派なところもあった人だったとは思うが、当時反抗期だった僕は、このあまり褒められるほどではない家庭環境に、少しは辟易としていた。


「ふぅ…」
学校指定のカバンを自分の部屋の机の横に置き、徐に枕に顔をうずくめる。

僕は、みゅうに何を伝えるべきだったんだろうか…
顔色が悪そうだったことについて聞くことは、彼女をより追い詰めることになったのではないだろうか。
悠馬を止めることは、俺から悠馬に対しての裏切りになるんじゃないか…それで悠馬との仲が悪くなればきっとみゅうが一番悲しむはずだ。
僕は結局…何をいうべきだったんだろう…


枕元にある、もう飲まなくなった睡眠薬に目をやる。
ずっと前に、みゅうが言ってた、遥ねぇが生きてたら助けられた人の分、僕が人助けをすればいいって話……結局、君1人を助けることもできないんだ、僕は…

取り止めもない思考の中、嫌な予感ばかりが頭を巡る。

今日はもう休もう…

眠りにつこうとする僕を遮る様に携帯から着信音が鳴り、目をやる、見たことのない番号からだ。


「池川堊くんの電話でお間違いないでしょうか?」
「え?はい、そうです。」
「あ、こちら______です、篠崎みゅうちゃんのことについてご連絡させていただきたくて、今お時間大丈夫ですか?」
「あ、全然大丈夫です、どうされましたか?」

「いえ、彼女の心の方がですね、少し前に比べて落ち着いてきましたので、リハビリと言ってはなんですが、少し空いにきてもらえないか、とのご相談をさせていただきたく、ご連絡させていただきました。」
「あぁ、そうなんですね、それは…って、僕が面会して大丈夫なんですか?基本的に、近寄らないように、と言われているんですが…」
「あ!はい!その辺については、各所にしっかりと相談させていただいたうえでの判断になりますので、池川さんさえ、ご迷惑でなければ、すぐにでも面会の手続きが行えます!」
「あぁ…そうなんですね…それはわざわざ、すいません、僕のために…」
「いえいえ!それで、いかがですか?…もちろん、池川さん自身にも思うところはあると思いますので、こちらとしてはあまり無理強いもすることではないと…」
「あぁ、いえ…はい、こちらこそ…ご迷惑でなければ、面会させていただきたいです。」
「本当ですか!きっとみゅうちゃんも喜びます!ではまた、時間や日時については追ってご連絡させていただきますね!施設までの移動につきましては、こちらから送迎を用意させていただきますので…」
「あぁ…はい、いろいろと、お気遣いありがとうございます、また、はい、はい、はい!わかりました、それじゃあ、はい、すいません、お願いします。」


勢いで、会いにいく約束をしてしまった。
別に,避けているとか嫌われているとかではないのだから、わざわざ顔を合わせることにそれほど怯えなくてもいいとは分かっているのだが…

だが…


過去,彼女に救われたことは事実で、僕は彼女といる時間を心地いいと感じている、実際、彼女と過ごした時間で僕は心を休めることができたし、あれ以来、もう悪夢にうなされることは無くなった。
少し前の、事件は、確かに少し、やり過ぎだったのかもしれない、沢山、してはいけないことをした、本来の自分ならしないだろう大胆なことを、なぜかやろうと思えた、それはもちろん、怯える彼女を見捨てることができなかったから、変わらないとという気持ちや、変わりたいという気持ちが自分自身にあったから、そうまとめてしまえば格好はつくが、おそらく僕は、彼女に良いところを見せたかったんだ、そう、僕は過ごしていくうちに、君に助けられたことを恩として、君と過ごす時間を大切だと感じて,そして君を…


「好きに…なってしまったのか…」


恐ろしい話だ、なんでもできてしまうほど盲目的に人を好きになるだなんて、きっと僕は、彼女が無垢な笑顔を見せて、あいつを殺してといえば、間違いなくそいつを殺してしまうだろう、それ程の感情が、ドーパミンが、アドレナリンが、彼女にはある、そしてその気持ちは、目の前で親友と付き合うことになった、彼女を見てもなお、消え失せる事なく、今も僕の胸で燃え続けている。
恐ろしいことだ、きっと会わない方がいいのだろう、彼女を自分のものにできるなら、きっと本当に次は間違いを起こしてしまうかもしれない。

そんな気持ちと裏腹に、これは固定概念なのではないかという仮説も頭には残っている。
僕は誰かのために生きることを矜持として生きているが、これは人殺しだなんだと言われた、過去の経験から、今の現状から、この心の穴を誰かに埋めて欲しいだけなんじゃないか、そういう気持ちがないわけではないことを、僕は否定できない。だとすれば、同じように穴の空いた人間を、不幸を共有できる人間を、探しているだけなのかもしれない、そして、この仮説が正しいのならば、篠崎みゅうは危険だ、何故かといえば、それは…

僕は彼女と死ぬことができてしまうからだ。
逆も然り。

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