オオカミとコウノトリで考える再導入という選択
一度滅びた生物を
人為的に戻す動き
前回はコウノトリを、前々回はオオカミを取り上げたのですが、こちらの2種にはある共通点があります。それは「かつて日本で野生絶滅した」、ということと、「再導入(Reintroduction)が検討された」という点です。前者は再導入された種、後者は北海道でたびたび再導入が議論になっている種なのです。
再導入とは、ある環境下で一度野生絶滅した生き物を、人為的にその環境へ放すことです。そうして劣化・変質した生態系を再び正常化することを狙いとします。たとえばコウノトリを野生に復活させようとすると、エサ資源である魚類や水性生物が棲める環境から整える必要性が生まれ、結果的にコウノトリだけでなくその生息環境の正常化への動きが生まれるのです。
北海道で賛否両論
肉食獣の復活計画
北海道にかつて生息していたエゾオオカミは、遺伝子観点などからハイイロオオカミに分類されるらしく、とくにカナダのユーコン地方に生息する同種と塩基配列が完全に一致したそうです。なので、もし北海道にオオカミを再導入するとなると、こうした国の種を選ぶことになるのでしょう。
そうして選定され、導入されたオオカミは、北海道のどこに分布するのでしょうか。じつはそうした予測研究もされており、大雪山脈や日高山系を中心とした道央、道南、道東に分布が広がると考えられています。
オオカミといえば、肉食の大型イヌ科動物。気になるのは人的被害ですが、意外にも北海道でのオオカミによる人身被害は、過去の文献記録からは確認できない、とする報告があります。日本本州や海外では被害報告があるのですが、「目標になる獲物のある限り人間にとって危険はない」とする考えもあるそうです。
個人的には、被害の有無についての報告は必ずしも実態を示すものとは限らず、人目に触れないところで襲われていたり、危害を加えらえていることもあるのでは、と思っています。自然環境への介入は卓上の計算やシミュレーションでは測りきれないことが数多くあるので、安易に判断するのは非常に危険です。研究が進められている一方、オオカミの再導入に反対する声は数多く存在します。
兵庫県・豊岡市は
シンボル化に成功
オオカミとは反対に、実際に野生復帰を成し遂げ、シンボルとして地域発展にまで活用されたのが、兵庫県・豊岡市のコウノトリです。コウノトリは水田をエサ場とするため、導入には農業に従事する人たちの理解が必要な種です。ですが、実際にコウノトリの放鳥される前の、2006年に行われた地域住人1000人を対象としたアンケート調査にて、大多数の人たちからコウノトリに好意的であることがわかっています。これは県や市が1950年代からずっとコウノトリ保護に取り組んでいたことや、絶滅した生き物を野生に戻すというストーリーが肯定的に評価されたことが要因とされています。
コウノトリを守るために進められている無農薬・減農薬の農法は「コウノトリを育む農法」とされ、育まれたお米はブランド化もされています。そうして生き物を守ることがその地域への貢献に繋がるような、そうした自然環境の復元が、再導入の希望でもあると私は思います。
参考文献
・宮下直(2024)「絶滅危惧種の“導入”ー危機対応としての取り組みと課題」『科学 2024年 9月号』岩波書店P
・本田裕子(2024)「地域社会におけるコウノトリの野生復帰ー住民の受け入れとその将来像」『科学 2024年 9月号』岩波書店
・大久保響、吉村珠美、山内大樹、星野仏方(2022)「頂点捕食者が存在する生態系から見る北海道へオオカミ再導入の可能性」『酪農学園大学紀要 自然科学編(Web) 47号』酪農学園大学