見出し画像

進化するvividbirdのフォーメーション

 こんばんは、前回大胆な予想を見事に外してしまったあつしです。今後は「宇宙開発」「宇宙飛行士」とでも呼んでくれよな。

 今までの記事でもそれらしい事は何度か触れてきたけど、当初vividbirdに僕が抱いていたイメージは下図の通り。真子ちゃん&レンちゃんのツートップにくむちのドリブル、悠ちゃんのパスワークで攻めていく感じ。

画像はイメージです

 更にサッカー的に喩えるなら、真子ちゃんが前線で敵を引き付けて、空いたスペースにくむちがドリブルで切り込んでいくのが攻撃パターンA。敵って何者やねん、というのはいったん流してもらえると嬉しい。
 そして、悠ちゃんが中盤でボールを持って敵を引き付けて、空いたスペースにスルーパスを出して、そこへレンちゃんが走り込んでシュート、がパターンBという感じ。論理ボーイの「非科学的現象」「失ったはずの一部の感情」や、人間の成分の「何も考えず叫ぼう」「きっと体が~埋めてあげましょう」のところなどが典型的。

ポストプレーからドリブル突破の例
スルーパスの例

 だから、同じFWでも真子ちゃんはポストプレーで周囲の仲間を活かすタイプ、レンちゃんはスペースに走り込んでシュートを決めに行くタイプという違いがある。
 これを野球アイコンで語る事の矛盾が笑える。
 (という訳で、申し訳程度にトップ画像は野球に喩えてみた)

 ところが、ご存じのように5月中旬ごろからくむちがいなくなってしまった。くむちのソロパートは主に悠ちゃん、次いで真子ちゃん、玲夏ちゃんが引き継いでいるというイメージ。レンちゃんと梅ちゃんは少なめ。
 6~7月頃は今まで通りの形を再現するように、違和感のないように立ち回っていたと思うんだけど、8/6の配信を見ていたら雰囲気が大きく変わっていた。
 まず、梅ちゃんの曲中MCがめちゃくちゃ安定していた。福島で手刀していた人と同一人物とは思えない。これならくむちが戻って来ても「じゃあMC返します」という訳にはいかないんじゃないだろうか。僕がプロデューサーなら梅ちゃんに続けさせるか、2人に競わせると思う。
 また、革命の1Aでも「それだけで十分なはずだと~」というくむちのソロパートを、詩の世界に深く入り込んで歌っていたので、しばらく誰が歌っているのか認識できなかった。その他のパートでも歌や振りの表現が繊細になったことで、楽曲の世界観に陶酔するようなパフォーマンスになっていた。今までになかった引き出しを開けてきた感があった。
 次に、真子ちゃんのポジショニングも見違えて変わった。FWだのポストプレイヤーだのと喩えていたように、今までは少しでも前へ前へ体を入れていくような立ち回りが多かった。革命の歌い出しも胸ぐら掴んで包丁突き付けて行くくらいの表情をしていたのが、今では肩を掴むくらいマイルドになっていた。あつあつおはしから、しっとりおはし。
 ポジショニングのイメージとしては下図のようになると思う。今の真子ちゃんはサッカーで言えばボランチのように一歩引いた位置から全体のバランスを見渡して、調整しているように見えた。

三橋選手の位置を下げ過ぎという指摘もあり

 振りは大きく、姿勢は前のめりで自分を魅力的に見せる立ち回りから、グループ全体としてどう見られているかを意識して、振りの大きさにメリハリをつけて、立ち位置を微調整しているように見えた。自分の事はできるので、他のメンバーとのコンビネーションまで計算します、とフェーズが一段階進んでいた。ステージリーダーと呼ばれる日も近い(はず)。

 さて、真子ちゃんが一歩下がった事によってどうなるか。その分を玲夏ちゃんや梅ちゃんが前に出てスペースを埋めていかなければ、レンちゃんが前線で孤立してしまう。
 そこで注目したいのが玲夏ちゃんの歌唱力アップだと思う。8/6を配信、8/12新宿を現地で見たが、堂々と歌うようになったからか、歌が上手くなって自信をつけたのか、ソロパートで前に出た時の様子が違っていた。表情も力みがなく自然で、輝きが増していた。特に人間の成分の落ちサビ(くむちソロパート)のところなどは、わざわざ僕が指摘するまでもないだろう。
 以前は緊張なのか力みなのか、声が上ずってしまったり、自信なさそうに声が伸びなかったりした場面があったけど、それが明確に改善されていた。
 革命のイントロの手を回しながら前進していくところも、隣のくむちがいなくなったことで「私しかいない」と責任感が強くなったのか、自信を持って堂々と踊るようになっていた。

 僕の推しである悠ちゃんはどうか。正直なところ、一度見ただけでは大きなパフォーマンスの成長というのは感じられなかった。しかし、それが逆に凄さなのだ。くむちが休んだことにより、一番ソロパートの負担が増えているのが悠ちゃんだ。それだけ日々喉も削らるし、歌って踊っている間に息も切れて声量が出なくなる。滑舌も悪くなる。
 そこでパフォーマンスが目に見えて落ちるのが当たり前。とすれば、今までと同じようなクオリティを保つ裏にどれだけの努力と成長があったのか、想像するまでもないだろう。喩えるならトップ下の選手が2、3人で激しいプレスをかけられているのに、強靭なフィジカルとテクニックでボールをキープし続けているようだ。
 また、悠ちゃんと言えばクールに澄ました表情で歌うところが印象的だったが、くむちや梅ちゃんのパートを元気よく歌うことで表現の幅も広がった。具体例を挙げれば、TORIKAGOの「日に2回ほどの餌の時間~」ではまるで自分のパートのように歌っているが、GPGの間奏では聞いたことのない高い声で「ぱぱん、ぱん」と煽っている。前者が自分らしい、後者がくむちらしいパフォーマンスなんだろう。

  レンちゃんはそもそもがエースで4番、あるいは90分マンマークされているFWみたいなポジションなので、ソロパートもほぼ増えず(1か所だけあった気がする)、際立った変化は無かったように思う。ただ、他の4人を背にしてセンターに立った時の雰囲気が違っていた。自分一人で前でに出るのではなく、メンバーを背負っているという自覚が強くなったのかもしれない。

 グループには大きく3種類ある。1人欠員が出たことで綻びが出てグズグズになってしまうグループ、開き直ってフォーメーションに空白地帯を作ったまま進めて行くグループ、そして1人1人が今までの120%の力を出していくことによって、何事も無かったように欠員を埋めていくグループ。
 ビドバは明らかに3番目だろう。何も知らない人が見たら元から4人組、5人組のグループに見えたはずだ。
 繰り返しになるが、何事もなかったようにパフォーマンスをするという事は何度も集まって練習したり、打ち合わせしたり、我々の見えない部分での努力があるのだと思う。1人休んで出演辞退した時にも、我々には絶対に見せない悔し涙があったのだと思う。特に当時休んだメンバーは執念の炎を燃やして、8月のライブにぶつけていたかもしれない。
 しかし、彼女たちはそれを一切ステージの上では出さない。笑顔で歌って踊るし、最後には明るくジャンケンや組体操で締める。そこにvividbirdのアイドルとしての美学があるのではないだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?