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光 第一話

何も浮かばなくなった。何一つ。やっぱり音だけじゃ難しい。伝えたいことが乗せられない。行き詰っていた。ずっと一緒にやってきたバンド仲間と離れてから数年たった今、先に光が見えなくなった。見えるのは後ろにある淡い光だけ。有名バンドの元メンバーというハリボテの冠がついにボロボロと崩れていった。


 高輪の少し内に入ったところで、さっきまで一緒に飲んでいた飲み仲間と別れた。多分まだ最終電車はあるだろう。でももうここには長くいられない。

酔いもすぐに覚め、これから当分見ることのない景色を少しでも目に焼き付けるべく、トボトボと歩き始めた。白い吐息が視界を覆う。タバコは随分と前から吸わないでいたのに、気づけば、口先にともる微かな光の暖かさに縋るようになっていた。

遠くで煌々と光る街並みを舐めるように眺め、そして空を見上げる。静かな住宅街で。星なんて目を凝らさないと見えない。人間の生み出す光が強すぎて。こんな都会じゃ誰も星なんて見ようともしないか。星は自分の美しさなんて知る由もないんだろう。夜はいつも、自分の事なんて忘れて、宇宙を見上げて星を見て、途方もないことを考える。そのまま目を閉じて眠気に身を任せるんだ。

      〇

 あれから一週間も経たないうちにすべてをまとめ、旅に出た。行き先は、ない。とにかく自分の居場所を探しに。免許もない。自分の足だけで。足とギターとお金だけ。スマホは置いてきた。とにかく西に行こうと、電車を乗り継ぎ、とにかく西へ、看板は見ない。ただ気の赴くまま。

      〇

 真昼間から、どこかもわからない道を歩く。まだ息が白い時期に旅を始めたはずが、柔らかい空気が頬を撫でるようになっていた。かといって春を感じるわけではない。固い色の住宅街の中を歩いているから緑も何も見えやしない。街路樹なんて当てにならないし。

 子供の声が聞こえる。子供と言っても少し大きい。中学生くらいの懐かしい声が聞こえる。声のする方へしばらく歩くと。そこには学校があった。校庭で忙しなく動く子供たち。けどどこか違和感を覚える。ぎこちない動き。先生のような大人と一緒に動いている。

門の近くまで歩くと、盲学校だと分かった。ただ無邪気な青い声。遠くから聞こえる音では何も分からなかった。校門の前に、立ち止まる一人の少年がいた。門の中には入らず、少し下を向いて立ち止まっている。大リーグの野球チームのキャップを被った少年。そして、さっきから全く中に入る気配がしない。

話しかけようといっても今のこの不審者みたいな恰好では相手にされるどころか確実に怪しまれる。しかしながら引き返すわけにもいかないので、ゆっくり後ろを通り過ぎようとした。

「誰か、いるんですか」
まだ膝すら動かしていないのに気づかれていたみたいだ。
「中に入らないのか」
「誰、ですか」
「 通りすがりの人だよ」
とりあえず警戒はされている。こちらを見つめている。何を見定めているのかは分からない。

「ギター、背負ってますか?」
なぜか今背負っているこのギターが気になるらしい。目の前で相対している不審者ではなく、その背後のぼんやりした黒い影。
「そうだ。こりゃギターだ。気になるか」
「弾けるんですか?」
「もちろん。弾けるし、歌える」

そして少し黙ったかと思うと、
「僕は、入りたくありません」
やっと質問に答えてくれた。

話しかけてしまった以上、このまま「じゃあな」と帰るわけにもいかない。帰る場所なんてないんだけど。暇だし。子供の相手でもするか。


「ちょっと話そうぜ。門の前でいいからさ。おじさん曲が作れなくて暇してるんだ」
「門に入るよりかはマシですね。いいですよ」

ちょっととげのある言い方だけど、立ち止まって俯いていた時より幾分マシな顔になっていた。


続く

 

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