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品川の記憶

一瞬。誰にも気付かれないくらい短い時間、その場所を見つめる。

その場所は、品川の高層ビルのふもとにある。2年前、私は呆然とそこに座っていた。

先日、品川で両家顔合わせをした時のこと。
「なにぶん、初めてなものですから…」
「いえいえ、うちもです」
お互いの両親が卒なく会話を進めていくのを、次々と出されるコース料理を黙々と食べながら見ていた。結婚をする張本人だというのに気楽なものだ。

出身地の話、仕事の話、オリンピックの話…
大人は初対面でも雑談ができるのだなぁと、のんきに考えていた。人見知りな私も、もう少し年を取れば、ましなコミュニケーションができるようになるのだろうか。

結婚をするのか。「大人」は自分と別の生き物だと思っている私が。
そのうち「結婚は良いよぉ」とか一丁前に吹聴したり、ママ友と当たり障りのない会話の末に「じゃ、これからお迎えがあるので〜」とか言っちゃったりするのかな。
大人どうしの会話に参加せず、うんうんと聞いているばかりの私には、まだどうしてもその未来が想像できない。

最後のデザートも出て、記念撮影も済ませて、「今後ともよろしくお願いします」と全員で頭を下げ、トントントンと事は済んだ。

ビルを出た時ふと目をやると、2年前の私が呆然とそこに座っていた。

あぁ思い出した。2年前私は休職中で、品川の心療内科に通っていたんだ。
病院の帰り道、途方にくれてフラフラあそこに座り込んだ。
平日の昼間というのが良くなかった。品川には男も女も関係なく、いかにも仕事ができそうで身綺麗な会社員が行き交っていた。
化粧もろくにせず働いてもいない自分と、あの人たちは全然違った。

その記憶に「事象」以上の意味づけをすることはなくなった。思い出して苦しいとか涙が出てくるとか、そんなことは全然なくて、その場所を一瞥した後に平然とエスカレーターを上がる。

あそこで途方に暮れる私を知っているのは、私だけだ。ここにいる婚約者も、その親も、私の両親も、誰も知らない。

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