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22歳の私を救いたかった

「女として見れなくなった。別れたい」

話したいことがあると言われて呼び出されたから、薄々悪い予感はしていた。
付き合って5年目。私の最寄駅の近くの居酒屋までわざわざ来てくれたのは、彼の最後の優しさなのかもしれない。

「どういうこと?え……全然、急すぎて分かんない」
嘘だ、本当は分かっていた。会話をしていても、向こうの返事の歯切れが悪くなってから。大学を卒業して、社会人になってから間もなくだった。「慣れない社会人生活で疲れてるだけだよね」と都合よく解釈していたけど。

一方的に、淡々と、別れ話は続く。
彼の顔を見れず、空いたお皿に視線を落とした。耳だけはしっかりと声を拾う。いや、本当は見ていたのかもしれないけど、正直よく覚えていない。彼の言葉を理解するのに必死だった。

いつしか私たちのテーブルの上は、空いた食器でいっぱいになった。尋常じゃない空気を察してか、誰も食器を下げたり、注文を聞きに来たりしない。
今頃バックヤードで格好の話のネタにされていると思うと、もうこの店には来れないなと思った。最寄駅では数少ない、「チェーン店じゃないいい感じの居酒屋」だったのに、困ったな。
完全なる私怨だが、こんな縁起の悪い店、さっさと潰れろとも思った。

「私、浮気してたの知ってたよ」
言ってやった。ざまぁみろ。数ヶ月前、ひょんなことから知ってしまったけど、言ったら別れ話になると思って知らないふりをしていた。もうどうせ別れるなら、吐き出してやろうと思った。

「ごめん。ほら、だからやっぱりこのまま付き合い続けても、そういうことしちゃうだろうし」

困ればいいのに。罪悪感で苦しめばいいのに。焦って取り乱せばいいのに。悪意だらけの感情で、胸の奥にしまった秘密を吐き出したのに、冷静に別れの理由づけにされただけだった。私の方が余計に惨めになった。


「もう時間遅いから、うち泊まりなよ。別に変な意味じゃなくて」
私は嘘をついた。変な意味満載だ。このまま永遠にバイバイするのが嫌だった。せめて最後に、一緒に眠りたかった。
一度は了承した彼だったが、玄関に着いても、部屋に上がる気配は無い。

「……ごめん。やっぱり帰る」

何を考えてこう言ったかは、今になっても分からない。変な意味がバレたのか、情が移ると思ったのか。
彼が閉めたドアは外と中を分断し、部屋はしんと無音になった。閉まる扉の前で呆然と立ち尽くす。メロドロマみたいだな。フィクションの中にありがちな出来事は、意外と現実でも簡単に起こる。

フラフラとリビングに行くと、早く異常事態を忘れたくて、真っ先にテレビをつけた。
ちょうど土曜プレミアムの時間帯で、テルマエ・ロマエⅡが放映されていた。本当は一緒に見ていたのかもなぁと思うと、ストーリーなんて一切入ってこない。ちなみにこの後数年間は、テルマエ・ロマエの文字を見るだけで胸が痛むくらいにはトラウマになった。自分は意外と繊細なのだと気付いた。

「昨日、フラれました〜!」
翌日はたまたま、職場の同期の飲み会だった。知り合ってまだ数ヶ月の同期達。学生時代からの友達には言えなかったことが、彼らには言えた。言い方は悪いが、都合が良かった。

「もう女として見れないって!やっぱ貧乳だからいけなかったのかな笑」

笑い話にした方が楽だった。深刻に捉えられるのが申し訳なくて、だけど抱えておくには重すぎて、当たり障りのない、関係の浅い知人達に言いふらしては自嘲した。

男に「俺にしなよ」と言われて酷く腹が立った日もあった。お前に彼の代理が務まるのかよ。無言で首を振ったけど、頭の中では思いっきり中指を立てた。

しばらくは不思議と泣かなかった。怒りと混乱でぐちゃぐちゃだった。ところが、だんだん頭の中で整理がついてきた数週間後に、一人暮らしの部屋で涙が止まらなくなった。嗚咽が勝手に漏れ出て喉が焼けそうだった。次の日は何食わぬ顔で、会社に出勤した。

無駄なプライドのせいで、取り繕うことしかできない。22歳、どこまでも不完全。

あれから5年経った。さすがにもう吹っ切れたけど、供養しよう。22歳のあなたに、もう苦しまなくても良いと教えてあげよう。

#エッセイ #失恋 #恋愛 #別れ話

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