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元彼を消化してやれ

「元彼のこと思い出してイライラしちゃうことあるよね。私の今後の人生になんの関係ないし、一切未練もないのに」

東京駅の駅舎が見えるエスニック料理店で、女ふたりして「わかる」とうなずき合った。ビールの減りがやたらと早いのは、きっと暑さのせいだけじゃない。

同棲を解消して別れたという友達と、久しぶりに会った。付き合って3年、同棲して1年だったそうだ。

彼女には新しい恋人がいて、私も今の彼氏と幸せなはずなのに、嫌でも脳裏をかすめる元彼の記憶。

「付き合ってた頃、欲しかったワンピースがあってね」

2杯目のビールを半分ほど飲み干した頃、彼女が思い出したように口を開く。

「当時は結婚資金貯めなきゃ、と思ってたから、買い物は全部あの人のお伺いを立ててた。私のお金で買うのにね。

"このワンピース欲しいんだけど"って相談したら、"いらないだろ"ってバッサリ。
そうだよな、いらないよなと当時は思った。

だけど別れた今見てもやっぱり欲しかった。"なんだ私、やっぱり欲しいんじゃん"って。即買ったよ、ワンピース」

私と彼女は似ている節があり、「元彼のことを各所でグチグチ言って自分の品位を下げるのは許せない」という考えが合致していた。

だからこういうことを思い出しては、1人で腹に収めてしまう。
その腹の底のドロドロしたものは、酔ったときにこうしてぽろっとこぼれ出る。

「今日はきっと酔いが早い」と飲みはじめに宣言した彼女の言葉通り、彼女の顔周りはじわじわと赤くなってきている。たぶん私も同じように顔を赤くして、「でもさ もうお互い消化しよう、この際」と言った。

口に出したところで相変わらずムカつくことには変わらないけど、とりあえずそうしたかった。彼女を楽にさせるつもりが、自分も楽になりたかったんだと思う。

「結婚する気があって同棲始めたのにさ」
「無責任な男」
「人の気持ちがくめない」
「掃除機もかけられない」
「自分の夢しか見えてない」
「遅刻癖がある上に謝れない」
「余計なトラウマ植え付けやがって」

やばい、気持ちいい、止まらない。
あのころ本人に言えなかった不満も、プライドのせいで口をつぐんでいた愚痴も、タチの悪い毒は思いつく限り吐き出す。彼女も私も。

それから私たちは、未来の話をした。
共通の友人の結婚式のこと、仕事を変えようとしていること、これから住みたい場所、恋人とのこと。

テーブルの上には、ほぼ空のビールグラスだけが残った。

お店を出ると、お互い深々と頭を下げて
「お忙しいところありがとうございました」
「いえこちらこそ」と言い合い、「取引先か!」とツッコんでエスカレーターを降りた。
8月のある暑い日のこと。

#あの夏に乾杯 #エッセイ #日記 #アラサー #恋愛 #恋人 #元彼

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