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【短編小説】夢をつなぐ 1/5
第1章 推しの残像
青空が眩しい週末の午後・・・
私たち「推し活仲間」の3人は、推しである山下真沙美さんのフリーライブを観に行く約束をしていた。
今日もフリーライブの開始時間より早めに集合して、いつものように喫茶店でお茶していた。
「ねぇ~彩さん、プーさん、あの件どう思う?」
「あの件ってどの件?」と彩さんが聞き返すと、プーさんが私の代わりに答えてくれた。
「ひぃちゃんのことだから、きっとルミナスハーツの件だよね」
「さすがプーさん、正解です!」
「あぁ・・・あの5人組のアイドルグループ?それなら、『あかりんの件』だね・・・」
数日前に、私のお気に入りのアイドルグループ「ルミナスハーツ」のメンバー「あかりん」こと「藤咲あかり」がグループから脱退し、事務所も退所することになったのだ。私は「山下真沙美さん推し」ではあるものの、ライブを観てからルミナスハーツのことも大好きになり、そのなかでも「藤咲あかり推し」だったのだ。
「彩さん、まさにその件です、私いまだに納得できなくて・・・」
「あれって、何で脱退したんだっけ?」
「あかりんのお父さんが社長をしている会社で問題が発覚したことが原因で・・・」
「えっ?そんなこと、あかりんに関係なくない?」
「そうなんですよ、だから私も全然納得できなくて・・・」
プーさんが「ネット上でかなり炎上しちゃったからなぁ・・・デビュー間もないグループのイメージを守るためにトカゲの尻尾切りをしたんじゃないかなぁ」と言ったので、「えぇ?あかりんはトカゲの尻尾じゃないよ!何だったらルミナスハーツのなかで一番キラキラしてたし、目立ってたよ!!」と私は言い返した。
そんな私の意見に、彩さんも「確かにそうだよね、この前3人で観に行ったアイドルフェスのときも、あかりんだけレベチだと思ったもんね」と同意してくれた。
私たちの話を聞いていたプーさんも「僕だって同じだけどさ・・・やっぱり大人の事情みたいなものがあるんじゃないの?」
彩さんが「ありそうだね・・・」と言いながら、ティーカップに注がれたレモンティーを一口飲んだ。
続けて、彩さんが「だけど、あかりん脱退の影響は大きそうだよね」と言うと、プーさんは「そうだね・・・」と答えた。
そして私が「ルミナスハーツもあかりんも・・・これからどうなっていくんだろう?」と呟くと・・・
「全くわかんないけど・・・少なくともルミナスハーツはあかりん脱退の影響はあると思うし、あかりんは、芸能活動すら難しいかもしれないよ」と、プーさんが言った。
「あかりん、可哀想だよね・・・」と私が言うと、プーさんは「本当に残念だよね・・・」と呟いた。
そんな私たちの会話を見かねて、彩さんが「ほら、二人とも暗い顔しないの!これから真沙美さんのフリーライブなんだから、明るくいこうよ!」と言ってくれたので、私はカップのココアを飲み干し、3人でフリーライブの会場であるショッピングモールに向かった。
会場に到着したのは、フリーライブ開始の15分前で、すでに会場は観客でいっぱいになっていた。私たちは人混みの後ろ側でライブを楽しむことにした。
今日は、真沙美さんが歌とキーボードで、その他にアコースティックギターとカホンという編成だったが、ライブがスタートすると、観客がさらに増えていく・・・真沙美さんの歌声に誘われるように次々と買い物客が足を止め、音楽に聞き入っていた。相変わらずの美しい歌声・・・私は心地よさを感じながら真沙美さんの歌声に酔いしれた。
ライブが終了し、足を止めていたお客さんが動き始めたころ、私たちの数メートル横で、真沙美さんの事務所の森社長が、若い女の子と何やら話しているのを見つけた。私より若い女の子・・・20歳前後だと思うけど、気のせいか何処かで見たことがある気がした。
そして、私は隣にいた彩さんに言った・・・
「森社長と話しをしている女の子、あかりんに似てない?」
「あかりんって、ルミナスハーツの藤咲あかりのこと?」
するとプーさんが「確かに・・・何となく似てる気もするけど・・・」と自信なさそうに答え、彩さんも「ステージの時と化粧も違うし、帽子と眼鏡をしてるし、髪型も違うから、私も自信はないけど、確かに似てるわね・・・」と答えた。
私は居ても立っても居られなくなって「私、確かめてくる!」と言って、その女の子のほうに歩いて行った。
目の前にあかりんがいる・・・そう思うだけで、私は動かずにいられなかった。ルミナスハーツのライブに観に行ったこと、そのときにあかりんが大好きになったこと、あかりんがグループを脱退したことを残念に思っていて、いつか音楽活動を再開して欲しいと思っているし、そのときには絶対にライブに行くつもりだということ・・・とにかく、あかりんに「推しの想い」を伝えたいと思ったのだ。
そして、私が森社長とその女の子のところに行くと、森社長が「ひぃちゃん、こんにちは、今日も来てくれたんだね」と言ってくれた。私は「森社長さん、こんにちは」と返し、女の子のほうを向いて私は言った。
「もしかして、ルミナスハーツの藤咲あかりさんですか?」
すると、その女の子は「ち、違います!」と言って、早々にその場から立ち去っていった。
その様子を観ていた森社長が「ひぃちゃん、どうしたの?」と聞いたので、私は「実は・・・」と、これまでの経緯を彩さんとプーさんを交えて説明した。
私が「やっぱり違ったのかなぁ・・・彼女に申し訳ないことしちゃったなぁ」と言うと、森社長は「ひぃちゃんの気持ちはわかるけど、もし本人だったとしても、プライベートな時間はそっとしてあげないとね」と諭してくれたので、私は「そうですよね・・・ごめんなさい」と頭を下げた。
そんな私に森社長は「うんうん」と頷き、笑顔を見せてくれた。
そのあと、ライブ会場で真沙美さんのグッズを買って、真沙美さんと森社長に挨拶してから帰宅の途についた。彩さんとプーさんとの帰り道、プーさんが「今日のフリーライブも良かったね」という言葉に、私は「うん・・・」と小さく答えた。彩さんが「ひぃちゃん、あの女の子のこと気にしてるの?」というので、私は「うん・・・」と答えた。
「何となくだけど、彼女はあかりんだったと思うの・・・」
「ファンのひとりとして、私はあかりんのために何もできなかった・・・」
プーさんの「またどこかで会えるといいね」という言葉に、私は「うん・・・」と小さく頷いた。
少し元気がなくなった私を、夕焼け空が優しく包んでくれていた。