#20 カクテル2
目が覚めたらひどいことになっているはずだった。
いつも飲みすぎちゃった時は頭がガンガンして、体が重くて、胃がひっくり返る様な気持ちの悪さにゴロゴロ寝返りをうって一日がおわっちゃう。
それで夕方になってからお布団から這い出して、メイクを落とさずに寝たせいでガビガビでぶよんぶよんの顔をこすりながら寝汗でベトベトの服を剝がして、飲み屋さんのタバコや炭火の煙やお酒の臭いまみれの体をシャワールームに引きずり込んで。ドライヤー使うのがめんどくさいから生乾きの髪のまま、湯上りのくたびれた体で布団に飛び込むとタバコや炭火の煙やお酒の臭いの残り香に眉をしかめることになる。
(きっと今日もそうなんだ~あ~もぅやだ~)
先輩と社内のフリーコーナーでお酒を飲んだあの日はいつもよりも酔いが早くて、ひどくべろべろに酔ってしまった記憶がある。
過去最悪の二日酔いを予想して寝返りを打つと、鉛よりも重いはずの体は意外にもすっきりと軽くて。
窓からそよりとさわやかな風が吹き込んでくる。
薄目を開けてみたら、ガラスの窓越しにさんさんと日が差してきている。
(……あれっ、仕事は?!)
先輩と飲んだ日は次の日が祝日で休みのはずだった。それで、こんなに体が回復するまで寝てしまい、さらに朝日が差しているってことは……。
「たいっへんっ……!」
祝日の翌日、つまり「出勤日の朝」まで寝込んでしまったんだと焦って飛び起きた目には、私の一人暮らしの部屋には居るはずのない人がうつっていた。
きれいな黒髪に眼鏡、すらりとした立ち姿に黒いスカート―――弊社の花形部署である秘書室の秘書さんが私の本棚の前に立ち、本のページをめくっていた。
「おはようございます。心配しないで、今は祝日の朝ですよ」
「……おはよ……」
なぜそこに居るのか皆目見当のつかない秘書さんは私が起きるや否や本を閉じ、見たことのない水差しからグラスに水を注いで私に手渡した。
「どうぞ」
「あ……りがとうございます」
優しく見つめる彼女に促されるようにグラスに口をつけると。
「っは~ぁ、おいしい……」
どこかミカンかレモンのような飲み口のそれは、胃から体中にしみわたっていくようだった。
「二日酔いの時に飲む物はお酒でダメージを受けた胃が驚かないように冷たすぎない方がいいんですよ。それに、お酒を分解するためにカロリー不足になっている体に、シトラス系って美味しいですよね?」
私の反応に微笑んで「ゆっくり飲んでください」と私のグラスにおかわりを注ぎ、秘書さんは我が家のミニキッチンに立った。
恥ずかしいけど私は片付けが得意じゃない。
だから1Rの我が家はベッドと本棚が押し詰まって、床にまで積んだ本で足の踏み場もなかったはずなのに、今は驚くほど片付いている。
それだけじゃない、最低最悪の悪臭を放っているはずの私はちゃんと寝巻に着替えていて、メイクまで落とされていて―――。
全部秘書さんがしてくれたのだと分かって、私は自分がみっともなくて顔を上げていられなかった。
「お部屋の事とか、いろいろ手を付けてごめんなさい。あまり迷惑にならない範囲にしたつもりだけど」
「いえ! お仕事じゃないのに色々させて、すみませんでしたっ」
勢いよく頭を下げる私に、台所に向っている秘書さんの「クスッ」と笑う声が聞こえた。
「いやだ、まだわかってないのね」
その声に顔を上げて見たら、眼鏡をはずして、二人分のお味噌汁とおむすびを載せたトレーを持った秘書さんが苦笑いしている。
「私たち、同期入社で、おなじ入社時研修の班だったじゃない」
「ん……? あ、あ~~~~っ!」
少し拗ねて見せるその口のとがらせ方。
「ようやく思い出したの?」
同じ班で、物静かで出しゃばらない、けど論説は鋭かったあの子。
記憶の底の彼女と今の秘書さんが結びついた驚きに身をすくめた瞬間「グゥ~~~」なんて情けない音で胃が空腹を主張した。
「まずは腹ごしらえしましょ。それから、さっき読ませてもらった本の事を教えてくれると嬉しいな」
恥ずかしさの極致で身の置き所がない私に、彼女はとてもやさしかった。