キノキリヲ
弊社(架空)に所属する人々と私の日常あれこれ
2024年1月博多旅行の記録です。
『このクレジットカードはご使用になれません。お問い合わせは当社サービス窓口にご連絡ください』 『現在この携帯電話を使用しての通話および通信ネットワークサービスは支払い口座および基準アカウントの凍結によってご利用になれません、ご不明な点は―――』 『はい、お客様相談窓口でございます。お問い合わせの件は基準アカウントの確認が出来ませんので公衆電話からのお問い合わせにはお答えいたしかねます。店舗窓口にてお問合せ下さい』 A社の社員でありながら弊社のデータセンター管理部門担当
『しゃちょ~おつかれさまですー』 「またしても……佐久間、業務をほっといてお前ときたら」 『私は今、グランドキャニオンに来ていますー。みてくださいーこの素晴らしいー』 「どこかのクイズ番組みたいなノリでもごまかされないぞ。どうやってそこまで行ったんだ……」 『えっと……ロバで?』 「……」 『怒ってるんですか?』 「……」 『怒っちゃいやですよぉ。せっかく素敵な景色を見てもらおうと思ってがんばったんですからぁ』 「うん……まあ、雄大ではあるな」 『ですよねっ! わが社の支部で
伝説の男が死んだ―――。 その知らせを受けた時、はらわたを引き抜かれたような喪失感を味わった。 「社長……」 そっと寄り添うように立った室長が気づかわし気にこちらを見ている。 どうやら、今の私は相当ひどい顔をしているらしい。 「申し訳ないが予定を調整してくれるか? それと、黒いタイを―――」 掠れた声を喉から絞り出し、時間を捻出するためにさっきまで見ていた書類を手に取るが、そこに印刷された文字は思いのほか滲み歪んでいて、読むのに一苦労した。 「伝説の男
目が覚めたらひどいことになっているはずだった。 いつも飲みすぎちゃった時は頭がガンガンして、体が重くて、胃がひっくり返る様な気持ちの悪さにゴロゴロ寝返りをうって一日がおわっちゃう。 それで夕方になってからお布団から這い出して、メイクを落とさずに寝たせいでガビガビでぶよんぶよんの顔をこすりながら寝汗でベトベトの服を剝がして、飲み屋さんのタバコや炭火の煙やお酒の臭いまみれの体をシャワールームに引きずり込んで。ドライヤー使うのがめんどくさいから生乾きの髪のまま、湯上りのくたび
目を開ければ窓外の西は紺青、東は灰色で、まだ白々ともしない冬の空が広がっている。 薄暗い寝室で目覚めた理由は、枕元にいつも置いてあるスマートフォンのバックライトが点灯したからだ。 瞼をこすりながら通知を確認すると『今いい?』と、メッセージが一通来ていた。 メッセージアプリの「invite」ボタンをタップしてスピーカーに切り替えると『そっちは今何時? おじさん』と、可愛い姪っ子の声が聞こえてきた。 「何時だと思う?」 『四時』 「Bingo!」 定型文になっている
『―――RT323』 「Yes,Ma'am!」 『上級実技研修へようこそ。今回は秘書室標準装備のEYEWEARとケブラージャケットはoff,装備Bパックのみ使用可能。いいわね?』 「はい、よろしくお願いします」 『うん……いい顔になって来たわ。心してかかりなさい―――』
(ようやく……ようやくだわ) 秘書と言う立場を利用して秘密裏にデータベースにアクセスし、セキュリティをかいくぐって入手した弊社の最後の機密情報フォルダ。 それをコピーし、送信先のアドレスを「めくらましの為に設立したペーパーカンパニー」に指定しエンターキーを「タンッ」と勢いよく叩いた私は、自分のオフィスを見渡して背を伸ばした。 A社の社員であることを隠して秘書として弊社に潜入すること数年、嫌味な秘書室長をやり過ごしながら人目の少ない離島勤務という地の利を生かし、古巣であ
弊社には各フロアにフリーコーナーを設けてある。 弁当を広げたり飲み物を提供したりミーティングできるようにテーブルやカウンターが出してあって、部署によってはケータリングを頼み、プロジェクト達成時は打ち上げなんかも催したりするらしい。 ある日の終業後、スプリングシーズンを控えて各フロアで特色の違うデコレーションをしていると聞いたので見て帰ろうとしたら、あるフロアのバーコーナーで飲んだくれている彼女と出くわした。 「もーぉ、聞いてますかぁー?」 社員に対しては終業後、退
弊社の社内には小さな図書館に迫る規模の資料庫がある。 もちろん電子データベースも存在はするが、こうして紙の本という形態で保管してしまうのは……認めよう、私の趣味だ。 「また“お持ち込み”ですか?」 恐る恐る振り返ると蔵書管理担当が「いたずらっ子をみつけた」とばかりにニヤニヤしている。 「内緒だぞ」 彼女に小声で釘を刺し、両腕に抱えている本を「社長文庫」と勝手に名付けて占有している床に近い方の段にこっそり収める。 割くことのできる時間はあまりないが読書は数少
「あの子が再研修?」 珍しく姿を見せた研修センター長が告げた言葉をオウム返しするしかない私に、彼女は淡々と報告を続けた。 「先の社長襲撃未遂の際、襲撃者の対処時に負傷すると共に装備を損失し円滑な業務の遂行に著しく影響を及ぼした件を重く鑑みて、基本警備研修と上級実技研修8単位の再履修を含め―――」 「何を馬鹿な……彼女に落ち度はなかった」 私の反論にセンター長は薄く微笑んだ。 「相変わらず社長はお優しい……でも、これはあの子の希望なのです」 センター長が差し出し
「勤労感謝の日」というのは日本のこじつけ祭日の一つで本来の意味が風化しつつある祝日である。祝日法の根拠に正当な意義を要求する面々には悪いが、私はこんな日も嫌いじゃない。公的な法律にさえこういう曖昧な部分があるのが我が国・日本のいいところだろう。 弊社はお休み大好きな社長(私)の好みを反映して、カレンダー赤い日はすべての社員の勤務を許可せず休養に専念することを是としている。 なので、当然「勤労感謝の日」は全員休み、その上で、日々の精勤に感謝を表して全社員にポケットマネーで
「もしもし、室長ですか? お疲れ様です……はい、ただいま二件目のミーティングを終えて次のスケジュールに移動中です。はい、社長でしたら、私のシルクのブラウスのボタンの隙間を凝視されたり、透けて見えるランジェリーの色当てクイズを脳内で開催されているようで、ミーティング中も大変お利口でしたよ。……うふふ、ええ、もちろん、室長のご指導通り、正解は『ないしょ♪』にしておきますね。それでは、またご連絡させていただきます。はい、失礼いたしまーす」
「とにかくあの子にはご注意なさってください」 データセンター管理部門担当に面会を申し込まれた時、普段温厚な秘書室長が珍しく苦言を呈した。 「弊社にこれ以上のデータセンターの増設は不要だと上級会議で決定されたことをお忘れなく。それに……」 面会場所に指定された離島に向かうセスナに搭乗する寸前、眉間にしわを寄せた室長が私の腕を引き、耳元に艶やかな唇を寄せ。 「あの子の太腿には要注意ですからねっ」 と囁いてきた。 海千山千の秘書室長の前では千年狐も尻尾を巻いて逃げ
「車内でお待ちください」 わずかに目を細めて私にそう指示を出し、車外に出てから数分―――。 「お待たせしました」と戻って来た彼女は先ほどまでと出立がうって変わっていた。 いつも赤いリボンでまとめていた髪がほどけ、ジャケットはどこかへ行き、眼鏡も行方不明だった。 遠方からわが社の事後処理対応班が私の視界外でジタバタと身じろぐ「物体」に向けて駆けつけてくる光景が見える。 こういう事例が起こるたびに「自分は彼女たちの献身に相応しい主たり得ているか」と自問自答し、緩んで
家族というものに縁の薄い私だが、歳の離れた姉の娘―――つまり姪が一人いる。 マサチューセッツの大学で電子工学だか何だかを勉強中の彼女はとてもクールな性格をしていて、普段は私の存在なんか鼻にもひっかけないのだが。 『やっほー、元気ー?』 気まぐれに要請してくるビデオ通話で甘えた声を出してくる時は要注意だ。 「ああ、元気にしているy―――」 『ねぇ、どうしてボストンから二百十二マイルしか離れていないところまで来ておいて、姪の顔一つ見ずに帰れたわけ?』 先日海外企業
―――そんなわけで、SPの彼女への対抗心に負けることが出来ずトレーニングに参加して強烈な筋肉痛をお見舞いされることになった私は、ベッドから起き上がることもできず、予定外の休暇を取る羽目になった。 「またご自分のトシも考えずに、あの子とやんちゃなさったんですって?」 這う這うの体で痛みに喘ぎながら出迎えて見れば、秘書室長が哀れな社長を慰問にやって来た。 「さぁ、こちらで筋肉痛が楽になるようにマッサージをして差し上げましょうね」 私のベッドに勝手に上がって肢体を横た