＃９おねだり

　家族というものに縁の薄い私だが、歳の離れた姉の娘―――つまり姪が一人いる。
　マサチューセッツの大学で電子工学だか何だかを勉強中の彼女はとてもクールな性格をしていて、普段は私の存在なんか鼻にもひっかけないのだが。

『やっほー、元気ー？』

　気まぐれに要請してくるビデオ通話で甘えた声を出してくる時は要注意だ。

「ああ、元気にしているｙ―――」
『ねぇ、どうしてボストンから二百十二マイルしか離れていないところまで来ておいて、姪の顔一つ見ずに帰れたわけ？』

　先日海外企業から招待されてウォール街まで出張したのが何故か彼女の耳に入ったらしい。
　「会いに行かれないのですか？」と予定確認してきた秘書に「あの子も私に会いたがるほど甘えたい年頃じゃないだろう」と言い捨て、現地の旧友たちとパブをはしごした記憶がよみがえる。

　（言わんこっちゃない）

　画面の向こうで肩をすくめる秘書室長の姿を横目に、冷や汗がにじみ出た。

「だって、車で四時間もかかるんだぞ……」
『プライベートジェットでほんの一時間でしょ』

　出来の悪い子供に言って聞かせるように言い捨て、大げさにため息をつく。

『このあいだ設計したばかりの転送プログラムを見てもらって、開発計画に一口乗ってもらおうと思ったのになぁ』

（だめ、ですよ）

　姪のかわいい「おねだり」に、秘書室長が口パクで対抗する。
　室長の懸念もわかる。
　姪のおねだりは開発用のマシンや試作に要する電算設備の使用等多岐にわたるので、弊社の通常業務に影響を及ぼしかねないのだ。

『あれがあれば、会社のにもきっと貢献できる筈なんだけどなぁ』

（ぜったい、だめ、です）

　かわいい姪と美女の板挟みにひとしきり悶絶する羽目になったのは言うまでもない。