ガイ・マディン『臆病者はひざまずく』父親の重責から逃れた"臆病者"の末路
人生ベスト。医者が誰のものとも分からない精子を顕微鏡で覗くと、そこではホッケー選手が忙しなく動いていた。悪夢のような観客席のないホッケー場で選手たちが動き回っているのだ。そして、その中のスター選手が頭痛により途中退場する。名前はガイ・マディン、20代の青年だ。『The Saddest Music in the World』のプレプロダクション中にスパッと撮ったという自伝三部作の一編であり、最高傑作と推されることも多いマディンの長編七作目。サイレント映画サンプリング的な手法を踏襲しながらもショットやカメラワークは非常に現代的であり、痴情は平時通り世代を超えて縺れまる。似たような『Careful』や『Twilight of the Ice Nymphs』よりも説明が難しいくらい。ちなみに、マディンはホッケー大好きで、父親がホッケーチームのGMだったというのは本作品の設定と一致している。
本作品はガイ・マディン版『イレイザーヘッド』と呼べるかもしれない。恋人ベロニカに違法堕胎手術を受けさせたガイは、彼女の存在すら忘れて担当医の娘メータに恋するようになる。今度はメータの計画に乗せられ、彼女の父チャズに成り代わったという幻想から人を殺し続ける。まるで本当の父親になって娘を守っているかのように、或いは殺してしまった本当の子供に対する責任を無意識に取っているのだろうか。そして、それが幻想ということに気付いたガイはここでも父親の重責から逃げ出してしまう。
サラッと書いてしまったが、本作品では『Careful』で描かれた異性親への恋慕という関係性が二重に絡んでくる。ガイとその母親、メータとその父親の関係はガイとメータの関係に焼き直され、それぞれに対して自分の異性親を想起するというグロテスクな関係を再構築する。母親を失ったガイはその影をメータに求めることで現実(親になることとベロニカとの関係)から逃げ出し、当のメータは殺された父親への恋慕を母親への憎しみに重ね合わせ、それを過激に反復することで、グロテスクなまでに増幅させていくのだ。更には記憶を無くしたベロニカが復活し、ガイの父親と付き合い始めるという地獄まで発生し、人物の関係は混沌を極める。
ホッケー場で始まった物語はホッケー場で終りを迎える。もつれ合った関係の人間たちはホッケー大会に集結し、家族の呪縛を最大限濃縮した地獄絵図を繰り広げる。そこでもガイは責任から逃げ続け、臆病者の聖地である"美術館"で自ら蝋人形になることで責任放棄の落とし前をつけることなく世界からも逃げ出し、跪くことで自身の臆病さを証明した。
・作品データ
原題:Cowards Bend the Knee or The Blue Hands
上映時間:60分
監督:Guy Maddin
公開:2003年2月(カナダ)
・評価:100点
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