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スティーヴ・マックィーン『スモール・アックス:レッド、ホワイト&ブルー』ある若き理想主義者の物語

スティーヴ・マックィーンによる、1960年代後半から80年代半ばまでのロンドンの西インド人コミュニティを舞台にした5つのオリジナル映画からなるアンソロジー・シリーズ"Small Axe"から、三作目となる本作品では英国黒人警察官協会の創設メンバーで、30年以上に渡ってそのトップを務めたリロイ・ローガンの若かりし頃を描いている。彼は法医学の博士号を持つ研究者として未来のある存在だったが、父親が白人警官から理不尽な暴力を受けたのをきっかけに思い直し、警察官を目指す決意を固める。『Mangrove』では団結した集団、『Lovers Rock』ではコミュニティそのものを描いていたが、三作目である本作品では遂に個人に目を向ける。この時代、コミュニティの黒人たちは白人(警官)たちの理不尽な暴力にさらされていたが、それに抗議したり裁判に持ち込んだりした人はいても、警察組織に入って内側から変えようとした人物は存在しなかった。彼はある種の理想主義を掲げて組織に潜入し、前途多難な道を見て挫折を味わうこととなる。地域住民は彼が同胞を売った裏切り者とみなし、白人警官たちは彼の目前で差別用語を繰り返す。そして、犯罪を犯した黒人を捜査/逮捕することは裏切り行為に相当するのか、という疑問も投げかけられる。

リロイの妻、母親、叔母は彼の決断を応援するが、図らずもきっかけを作ることとなった父親はずっと反対していた。父子の間に確執があるわけではなく、父はリロイが孤立すること、広告塔として搾取されること、郷に入っては郷に従えを学んで白人化してしまうこと(白人を含めた黒人以外の人種を差別し始めるなど)を含めて心配しており、彼の心配はおおよそ当たることとなる。息子の強靭な精神力を目の当たりにして未来を託すことに納得した父親と、挫折を味わって世界を変えることから逃げ出そうとした息子が対峙するラストでは、"ゆっくりと回転する車輪"を例に出して変革への長い道のりを希望的に締めくくっているのが非常に印象的だ。

原題『Red, White and Blue』は米英語の俗語で"愛国心に富む"ことを指す。これは星条旗の色に由来する単語だが、ここに白はあっても黒は入らない。国家の構成員でありながら軽んじられてきた彼らの存在を的確に指摘する優れた題名だ。

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・作品データ

原題:Red, White and Blue
上映時間:80分
監督:Steve McQueen
製作:2020年(イギリス)

・評価:70点

・"Small Axe"シリーズ

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