サフディ兄弟『The Pleasure of Being Robbed』移ろいゆく世界の観察者たちよ
通りを歩く一人の女性に声を掛けるエレノア。ベッカ!イディス!エイミー!と呼びかけても女性は振り返らない。ドーン!と呼んでようやく振り返った女性に"久しぶり!"と駆け寄って、そのままバッグを頂戴する。ニューヨークの寒々しい街中を真っ赤なセーターを着て駆け回り、場違いすら感じるほどに明るく生きる彼女の姿はマイク・リー『ハッピー・ゴー・ラッキー』の主人公ポピーにも重なってくるが、空いている鞄があれば飛びついてしまうあたり、好奇心も進みすぎて完全にクレプトマニアそのものである。よくよく考えると彼女の存在は"今しがた地球に降り立った成人女性"という感じで、何にでも無邪気に興味を持って近付いて、そこにドラマを作ってしまうのだ。紛れもない主人公気質。
ある時、車の鍵を拾ったエレノアは友人のジョシュに出会い、彼をボストンの家に送り届けることになる。後部座席に置かれたカメラは運転席のエレノアと助手席のジョシュにピントが合わさり、流れていく信号やテールライト、看板はボヤけた光として彼らの旅路を彩る。盗難車を得た男女の旅はロードムービーを解体していき、何の問題も起こさずちゃんと目的地に着いてちゃんと帰ってくる。夜の街に鳴り響く階下の住人の下手くそなトランペットの音色に、彼女は怒ることもなく聞き入る。こうした細やかな描写から、エレノアの丁寧で時に大胆な性格が炙り出されていく。
ニューヨークで小さな犯罪行為に手を染め続ける彼女の人生のある瞬間を切り取ったかのような作品は、まあまあ卑劣な行為に反してある種の優雅さすら携えている。だからこそ"盗まれたことへの歓喜"という題名が付いているのだろう。彼女は自身のいる空間を極限まで楽しもうとし、その過程で発生する興味が窃盗へと駆り立ててしまう。映画は彼女を断罪するわけでも寄り添うわけでもなく、世界の観察者として空間に新しい意味を付与し続けるエレノアを更に観察しているかのように温かく見守っている。
ちなみに、ベストシーンは、卓球ガチ勢のおじさんがサンドイッチを持ちながらバックハンドについて熱弁を振るい、その過程で中に挟んであったハムが回転しながら吹っ飛ぶとこ。これ以上ないくらい完璧なシーンだし、これが観られただけでも十分な収穫。トップスピンの話してるのにハムが横回転してるのもポイント高い。
・作品データ
原題:The Pleasure of Being Robbed
上映時間:71分
監督:Josh Safdie
公開:2008年10月3日(アメリカ)
・評価:100点
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