Jonas Matzow Gulbrandsen『Valley of Shadows』未知への恐怖を理解するとき
6歳の少年アスラクには家で起こった悲劇が理解できない。唯一残された家族である母親はそれに対処できず、怒りのやり場に困っている。何度も押しかけてくる警察は無遠慮に空間を侵犯し続け、数年前に別れたきり連絡も取ってない夫の話を持ち出す始末。母親のイライラはアスラクの下にも届いており、彼はそれを含めた世界を理解しようと必死になる。ノルウェーのダークファンタジーとも言える本作品は、森への潜在的恐怖を恐ろしさではなく美しさという側面で抜き取った作品であり、Jonas Matzow Gulbrandsen の長編デビュー作でもある。彼はウッチ映画大学で監督コースを専攻しながら、『Darek』(2009)や『Everything Will Be OK』(2011)といった短編が様々な映画祭に招待された経験を持っている、ノルウェーの新星なのだ。
村では羊が食い殺される事件が頻発しており、人々は野生動物の仕業であると噂し合っている。しかし、アスラクとその年上の友人ラッセは"これは狼男の仕業である"と考える。それは血塗れになった羊をみた少年たちが、未知への恐怖を狼男という"想像も出来ない怪物"に転嫁することであり、古来から頻繁に使われてきた手法に他ならない。しかし、自身を取り巻く世界を理解しようと躍起になるアスラクにとって、恐怖の対象であると同時に、それを理解し乗り越えることで何かが分かるかもしれないという考えからそれに憧れを抱くことは何ら不自然なことではない。狼男、そしてそれが生息する森に惹き付けられていくアスラク少年は、遂に旅に出る。
本作品にファンタジー要素が強いのは、森の描写である。森へと入っていったアラスクは、霧の立ち込める幻惑的な自然の驚異を肌で感じていくのだ。突然示し合わせたかのように晴れる霧の向こうに広がる空き地、いきなり現れるフィヨルド、月に照らされる夜露が光の輪を作り、凍えるような雨は残酷にも体力を奪う。ロバート・エガース『ウィッチ』と異なるのは、極限まで自然を美しく捉え、恐怖と抱擁をどちらも描いていることにある。そして、どこか寓話的でもある。アスラクが血に触れるのが羊の血と自分の血であるように、映画全体がアスラクの空想の中で完結しているような気すらしてくるのだ。そうなれば、自然が恐ろしくも美しいという画とも合致してくる。
全てがアスラクの空想だったのか、それとも事実と空想に明白な線引があるのか、はたまた全てが事実なのか。最終的に明かされるのは、その兄が失踪した後に遺体で発見されるという事件であり、アスラクは最後まで兄を失った"空虚さ"という感情を理解しようともがき続ける。初めて知った"死"という概念を理解したとき、彼はようやく解放されるのだ。
・作品データ
原題:Skyggenes dal
上映時間:91分
監督:Jonas Matzow Gulbrandsen
公開:2017年10月20日(ノルウェー)