サフディ兄弟『アンカット・ダイヤモンド』金の切れ目は縁の始まり

圧倒的大傑作。原題"Uncut Gems"は"未加工の宝石"を意味し、その宝石とはオパールであることは一応言及しておきたい。エチオピアのWelo鉱山で採掘されたオパール鉱石を手にした借金まみれの宝石商ハワード・ラトナーは、返済期日に追われながらニューヨーク中を駆けずり回って、違法行為に手を染めまくる。ハワードを演じるアダム・サンドラーはキャリア30年で初めて"まともな"演技をしたとまで言われており、"適切な演出の下であれば化物に変化できる"とまで激賞されている。個人的にはポール・トーマス・アンダーソン『パンチドランク・ラブ』でプリンを買いまくってた青年だって、『ビッグ・ダディ』のちゃらんぽらんな元法学生だって、しっかり名演技だったと想うんだが、コメディ俳優及びコメディアン本人がある種蔑まれている傾向は世界中どこを見回しても変わらないらしい。それにしたって電話でも対面でも早口で捲し立て続け、放送禁止用語連発で相手に食って掛かり、自分以外の人間はカス以下だと思っているが、家族には不器用に接する胡散臭い典型的ダメダメ親父を完璧に演じきった彼の演技は特筆に値する。

ハワードは借金で首が回らず、義兄アルノを含めた複数の人間から金を借りており、借金取りに監視される日々を送っている。従業員のジュリアと不倫し、妻ディナとは離婚寸前、顧客を拾ってくるデマニーとは全く馬が合わない。そもそも他人はカス以下なので自分の思い通り動かないのは全く以て気に入らない。そんな八方塞がりのハワードの前に、NBA選手ケヴィン・ガーネット(なんと本人)が来店する。優秀な犯罪映画は開始早々全ての設定が出揃うのだ。物語はオパールがやって来る前から崖っぷちにいたし、借金で賭けをして借金を返そうとする自転車操業っぷりはオパールの来訪に関わらずいつかは終わりの日が来ていただろう。最後のダメ押しのように、やってきたオパールは不幸の象徴のように、ハワード最後の賭けを全力で刈り取っていく。

オパールはハワードと同じくらいケヴィン・ガーネットを惹き付けてしまった。彼はオパールを"必勝のお守り"にしようと画策する。彼はウィークエンドと共に本人役でガッツリ出演しているが、ここまでグレーな部分まで描いて良いのかこちらが心配になるほど人間的で、本人役の描き方としては革新的だ。そんな彼をカモにするはずのハワードは、借金取りに追われているので、作戦を考える暇もなく、自転車操業すらままならなくなってゆく。ここまでくると、彼は金を借りるために金を使い、金を使うために金を借りてるような、自転車操業を超えた狂人なのかもしれない。文字通り這いつくばって血反吐を吐きながら進む彼を癒やすのはダイヤモンド街のクラウストロフォビックで寒々しい蛍光灯の当たる事務所だけしかない。

終盤20分で急激に犯罪映画として爆走し始めるエゲツない疾走感が堪らない。自分の手元に金があった試しがないほど、次なるチャンスに掛け続けた男のアメリカンドリームの行方は、実に残酷で爽快なものだった。

・作品データ

原題：Uncut Gems
上映時間：135分
監督：Josh & Benny Safdie (ジョシュ＆ベニー・サフディ)
公開：2019年12月25日(アメリカ)

・評価：100点