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Lila Avilés『The Chambermaid』あるホテル掃除婦の夢

不思議な映画である。冒頭、かなり荒れたホテルの部屋を掃除している主人公のエヴは、結構掃除を進めた後で客が床で爆睡していることに気付く。映画はこんな感じの調子でエピソードを積み上げていき、エヴの掃除婦としての生活を淡々と描写していく。忙しなく動き回るエヴと対照的に、カメラは静かな部屋の空気感を掬い取るように静謐で動きのないショットで彼女を切り抜く。Lila Avilésの初長編作品である本作品は、昨年の『ROMA / ローマ』に続いてアカデミー外国語映画賞のメキシコ代表となったわけだが、ここで題材に関する奇妙な類似性が存在することが分かる。共に従順なメイドに関する静謐な物語だったが、同作が懐古的でセンチメンタルだったのに対して、本作品はより現実的で、"いつまでもこの状況にいるつもりはない"という確固たる意志をエヴから読み取ることが出来る。しかし、内容から温かみが伝わってきた『ROMA / ローマ』とは異なり、本作品の画面からは温かさが伝わってこないどころか、逆に冷たすぎるきらいがある。

寡黙なエヴは必要以上の言葉を発さず、明白には描かれていないものの何か他の夢のために働き続けていることを示唆している。4歳になる息子やそのベビーシッターとホテルの電話で会話しているシーンや"家にはシャワーがない"としてホテルの従業員用シャワーを使用しているシーンなど、彼女と外界との繋がりを垣間見え部分はあるが、映画の中でホテルから一歩も出ない彼女の人生はホテルの中に圧縮されているといっても過言ではない。そして、とても優しい上司、拾った落とし物の持ち主が現れなければ持ち帰っていい制度、ホテル内で開かれるGED(後期中等教育の課程を修了した者と同等以上の学力を有することを証明するための試験)のための夜間学校など、このホテルは結構なホワイト企業であることが分かる。しかし、それなのに洗濯場や制服での仕事、全く存在していないかのように顎で使ってくる"お客様"、限られた物品での休み時間など、まるで監獄にいるかのような錯覚に陥らせる瞬間が多々訪れる。エヴが夜間学校を通して知り合うミニトイという中年女性の存在が、刑務所映画でいう"外からなんでも調達してくれる"囚人のようなポジションと完全に一致しており、その錯覚をより強いものにさせる。

そんなエヴが夜間学校の教師から受け取る小説が『かもめのジョナサン』なのだ。皆が餌を摂るために飛ぶのに対して、飛ぶことそのものに価値を見出したジョナサンは、必要以上に周りと交わることをせず、ホテルで働くことの外側にある夢に向かって邁進する彼女と重ね合わされているのだろう。或いは、ジョナサンの持つある種の"自由さ"と"監獄"に閉じ込められたエヴとの対比とも受け取ることが出来るだろう。しかし、いずれにしてもエヴが何も話さないので憶測の域が出ない。

個人的に意外だったのは、みんな結構荷物を広げたまま外出するということか。カメラや高価なレンズを出しっぱなしにしたり、仕事で使っているらしいメモ書きをそのまま机の上に置いていたり、脱いだ服をそのへんに放り投げていたり、結構人の目を気にせず自由に部屋を使っているのだ。私は必ず全部片付けてからホテルの部屋を出るようにしているので、カルチャーショックだった。

監獄の映画であると読み替えるなら、本作品の帰結は一つしかない。そう、彼女がホテルから出ていくシーンをホテルの中から見送るのだ。忘れ物の赤いドレス、42階のロイヤルスイートルームの掃除、彼女の細やかな夢すら叶わないこの世界で彼女の語られない大きな夢は叶うのだろうか。それでも、エヴは前に進み続けるのみだ。

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・作品データ

原題:La camarista
上映時間:102分
監督:Lila Avilés
公開:2019年8月2日(メキシコ)

・評価:70点

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