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エリア・スレイマン『天国にちがいない』パレスチナ人は"思い出す"ために酒を飲む

一つ前の長編『時の彼方へ』から10年の年月が経ち、現代のユロ伯父さんとも言えるエリア・スレイマン演じるES氏はパレスチナから新天地パリとニューヨークへ降り立つ。これまでの作品でパレスチナを出なかった彼を囲む状況の変化は、本作品ではストレートに語られる。パリのエージェントはスレイマンの脚本に対して"パレスチナには同情するが、これじゃない"と難色を示し、"こんなことどこでも起こりうるじゃないか"と当たり前のことまで言われてしまう。友人ガエル・ガルシア・ベルナルと一緒に会うことになったニューヨークのエージェントはスレイマンの映画に対して"頑張って"と伝えるだけで、しかもベルナルの説明も"『天国は待ってくれる』っていう中東の平和についての映画"と完全に間違っている。20年以上のキャリアを経て、状況は変わってないどころか寧ろ悪化しているのだ。スレイマンはそれらの言葉を忠実に守って一本の映画にしてみせた。

映画はざっくり三部構成になっている。パレスチナ→パリ→ニューヨークと西へ向かう旅路の中に、無知な人がパレスチナに期待している要素が多分に含まれている。パリでは、いきなり犯罪者と警察が追いかけっこを始め、炊き出しに大勢が並び、道路を戦車が走行し、早朝から戦闘機が轟音を立てて飛んでいる。ニューヨークでは皆が銃を携帯している夢を見て、所属不明のヘリコプターが上空を旋回する。一般的に想像する"パレスチナっぽさ"はなく、三都市を同列に比較し、それらの類似性を緩く指摘しているのだ。その上で、本作品に関する企画を否定されたエピソードや本作品から派生したアフタートークなどメタ的な視点も取り入れることで、『It Must Be Heaven』という作品を中心に時間軸を前後にも広げ、摩訶不思議な世界を展開していく。

関連性の薄い小ボケを並べているようで、どれも中々な毒を含んでいるのが巧妙なところ。題名に呼応するかのように、セントラルパークに天使が降り立つシーンは予告編でも引用されている通り本作品の最も印象的なシーンだ。彼女は上半身にパレスチナ国旗と"パレスチナに自由を!"なるボディペイントをしており、警察は上裸で公園に登場し"公共の風俗"に反する彼女を捉えようと躍起になる。彼女が警察から追われているのは勿論上裸になっていることが問題なのだが、それに対応する警察の数がいつも通り過剰であることを鑑みると、それ以外の"公共の風俗"を思い描いてしまう。空港のシーンでは一人だけ身体検査に回されたスレイマンが、慣れた手付きで検査を受け終えた後『D.I.』の忍者のように検査棒を"回し"始める。彼がパレスチナ人だからという理由で理不尽に求められてきた検査の数々を感じて薄ら寒くなる。これら断片的に散らばったエピソードの端々から欧米の人間はパレスチナの現状なんぞ全く興味がないんだろうことは伝わってくる。ニューヨークのタクシー運転手なんかスレイマンの出身地を知って(この映画で唯一スレイマンが言葉を発する)狂喜乱舞し、初めて見たパレスチナ人として料金を奢ってくれる。それほどまでに日常から"遠くにいる"存在なのだ。"遠くの方で戦争やってるちょっと汚いイメージの国=パレスチナ"という雑なイメージについて、スレイマンはとぼけ顔で三つの都市の類似性を提示しながら、最終的にパレスチナの最も活気に満ちた場所へと導く。といってもパリやニューヨークと対比させてお家自慢をしているわけではなく、一般的にテロや戦争というイメージのあるパレスチナも、それらの都市と変わらないことを改めて提示しているのだ。

"パレスチナは元に戻る、でもそれは僕らが死んだ後だろうね"という占い師の言葉に呼応するように、故郷の未来を担うであろう若者たちが踊り狂う姿を見つめるスレイマン。未来を彼らに託すような目線は、目を閉じるような暗転によって遮られ、映画が内包する映画以前/映画/映画以後の視点はパレスチナに対しても同様だったことが明らかになる。類似点を並べていたパリ/ニューヨークのどこか近未来的な描写は、それぞれの都市に対するクリシェを誇張したものでありなが、パレスチナの未来(或いは世界の未来)を見出だしていたのかもしれない。

クラブ音楽が鳴り響く暗闇で、彼は何を思うのだろうか。

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・作品データ

原題:It Must Be Heaven
上映時間:97分
監督:Elia Suleiman
製作:2019年(カナダ, フランス, ドイツ, パレスチナ, カタール, トルコ)

・評価:90点

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