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Svetla Tsotsorkova『Thirst』ブルガリアの"渇いた"大地で

数ヶ月かけて国内をくまなく探し回って漸く発見したサンダンスキの丘には、この世のものとは思えないほど美しい景色が広がっていた、とツォツォルコヴァは語る。普通なら別荘でも建てるだろうに、と思って調べてみると、そこでは全く水が出ないらしく、今にも枯れそうな古井戸を使い、飲水として雨水を確保しているような荒れ地だったのだ。しかし、人々はその地で知恵を絞って暮らしている。師匠 Georgi Djulgerov の"生活は偉大な発明家である"という言葉を現実のものとして感じたツォツォルコヴァはこの地で映画を撮ることを決めた。映画の中ではこの丘で中年夫婦と10代の息子("少年"と呼ばれる)の三人家族が暮らしている。彼らは慢性的な水不足に悩みながら、近隣にあるホテルから洗濯業務を委託されている(なんということだ!)。麓の村の畑と水を取り合い/譲り合いながら、なんとか生活していた。そんな彼らの下に井戸掘りの父娘が呼ばれてくる。どこか疲れ果てた雰囲気を滲ませる父親とは異なり、ダウジングを使う"水占い師"の娘は少女のような若さもあってか挑戦的で、五人の関係性は徐々に変化していく。

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それにしても、彼らはなぜこの水のない茶色い丘で洗濯業を営んでいるのだろうか。裏設定を考えてやるなら雨がほとんど降らない→安定して天日干し場所が確保できるということだろうか。しかし、本作品では干してある真っ白なシーツの合間を女性陣が歩き、下から覗く足やシーツの合間から見える姿を男たちが覗き見るというシーンが何度も登場する。これらのシーンから、意味ありげに干された白いシーツは、フランク・キャプラ『或る夜の出来事』で登場した"ジェリコの壁"の再現なんじゃないかと思えてくる。それは人間を観察する上で不可視の壁であると同時に、嘘の対極にある純白さ、そして三人の男が双方の家族の女性に抱く不純な心の象徴でもあるのだ。その点、本作品の題名である"渇き"は水の渇望であると同時に、愛の渇望とも言えるだろう。

映画は井戸掘りの父娘が井戸を掘るというだけで、大したことは起こらず、五人の行動を観察し続ける。視点人物がコロコロと静かに入れ替わり、彼ら/彼女らの窃視的な目線が画面を埋め尽くす。少年父がシーツの下から覗く少女の足を盗み見る時、少女の行動を少年母が窓から盗み見る時、少女父がシーツの下から覗く少年母の足を盗み見る時、少女がカーステレオから音楽を流し、それに併せて踊る少年母子を眺める時。彼らが他の人間を観察するのに併せて、我々も彼らの視線に乗って五人を観察する。興味深いのは次作『Sister』にも登場した、Monika Naydenova 演じるすぐ嘘を付く少女だろう。本当の母親はロシア人なのにジプシーだったと嘘を付くなど、規模的にはショボいのだが、自分の中の物語を作ってそれを演じているようなフシがある。純粋な少年は廃墟石投げ事件やウォッカ飲み干し事件、野良犬轢死事件などの駆け引きを通して、彼女の嘘や挑戦的である種攻撃的な態度が他人の気を引きたいことに起因していることに気付いていく。また次作『Sister』でも Monika Naydenova はすぐに嘘を付く少女を演じており、その主題は本作品とも共通している。

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終盤に向けて、皮肉なことに渇ききった大地には液体が横溢していく。井戸の穴から溢れ出てくる泥水、零れ落ちたガソリン、そして"感傷の誤謬"のような大雨。そして、これまで目も当てられないほどそれを渇望していたのに、癒やすものを手に入れた瞬間に全てが破壊されてしまうのだ。ここで燻っていたもう一つの主題である"新しい者と古い者"の対立が鮮明化する。まるで不毛な終わりなき"渇き"に耐えられなかった者たちの葬儀のように家が燃え盛り、それを二人の若者が眺める絶望的なシーンは本作品のハイライトの一つである。また、逆説的に渇きを癒すとこうなることを知っているからこそ、自身がそうなることを恐れて渇いた状態のままでいることを望む心理状態をも描いていたのかもしれない。

ツォツォルコヴァはインタビューでブルガリアでのブルガリア映画の実情を語っている。大手のシネコンはハリウッド映画に占領され、ブルガリアの映画作家たちは地方を回って配給してくれる箱を探し、地方当局に許可をもらわないといけない。そして、それらを代替してくれる配給ネットワークが存在していないのだ。このインタビューは2015年のもので、2019年の『Sister』公開時のインタビューでも似たようなことを言っていたので、この4年間でブルガリアの映画事情はあまり変わっていないことになる。コロナ禍によって様々な分野でパラダイムシフトを迎える中、ブルガリアの映画事情も少々心配になる今日この頃…

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・作品データ

原題:Жажда / Jajda
上映時間:90分
監督:Svetla Tsotsorkova
製作:2015年(ブルガリア)

・評価:80点

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本記事はマガジン「東欧映画」に掲載されています。こちらもよろしくお願い致します。


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