2021年 上半期新作ベスト10
学生最後の3ヶ月(うち2ヶ月は修論書いてた)と社会人としての最初の3ヶ月が終わり、前者のおかげで上半期は旧作も併せて449本の作品を鑑賞できた。今年も昨年と同様コロナの影響で新作の密度が薄いので、新作の定義をザルにすることで母数のカサ増しを図ることにした。具体的には
の三つを条件に作品を集めまくった。結局総数は157本となった(去年の今頃より観てる…)。
尚、下線のある作品は別に記事があるので、そちらも是非どうぞ。
1. Bad Luck Banging or Loony Porn (ラドゥ・ジュデ)
祝金熊!作品を作るごとにパワーアップしていくジュデは限界を知らないのかと末恐ろしく感じる。本作品は、ネットにアップしたセックステープとそれを巡る異端審問、コロナ禍のブカレストにおける生活、歴史修正主義、レイシズム等々という一見バラバラに思えるが社会の中に混在するという意味で分けては語れないこれらをまとめて語ってしまう、軽やかでパワフルな風刺劇。特に第二部の"単語集"が強烈で、そこで言及される単語たちは近作全てを包含しうるテーマ性を持っている。
2. Malmkrog (クリスティ・プイウ)
昨年のベルリン映画祭にて新設されたエンカウンターズ部門で監督賞を受賞したクリスティ・プイウによる最新作。ソロヴィヨフ「三つの会話」を下敷きに、時間の迷宮と化したルーマニアの山奥の屋敷で、5人のロシア人貴族が哲学的な論議に興じるプイウ版『皆殺しの天使』。世界から離れすぎた支配者層による無益な思索の滑稽さとその本質的な退屈さを描く大傑作。
3. Beginning (デア・クルムベガシュヴィリ)
カンヌ2020選出作品の中で指折りの傑作。ジョージアの田舎で燃やされた教会を再建しようと躍起になる夫に放置された妻の物語。アブラハムが息子イサクを殺すことで神への従順を示そうとした聖書のエピソードを現代に復活させ、神への/夫への/社会への従順と自己犠牲について考察した重量級の大傑作。
4. Preparations to Be Together for an Unknown Period of Time (ホルヴァート・リリ)
アメリカの学会で出会ったハンガリー人医師に一目惚れした主人公は、アメリカでのキャリアを捨てて故国ハンガリーへと舞い戻るが、男は彼女を知らないと言う。純愛と狂気の間を歩む現代のアンソニー・アスキス『A Cottage on Dartmoor』であり、『ビフォア・サンライズ』のその後を描いたかのような、ビターな一目惚れの魔法を描いている。
5. Come Here (アノーチャ・スウィーチャーゴーンポン)
世界で一番信頼していると言っても過言ではない部門、ベルリン映画祭フォーラム部門。ここにアノーチャの新作が登場した。手法は前作『暗くなるまでには』と同じく、同じ場面を別の人物で演じ直したりして時間を解体していくものだが、学生運動などのテーマがあった同作に比べると格段に難解になったという印象を受ける。カンチャナブリに出かけた男女4人の現実と夢がバラバラになり、神話的なエピソードを形成していく過程を見せつけているようにも見える。
6. プロミシング・ヤング・ウーマン (エメラルド・フェネル)
被害者にも原因を求めるレイプカルチャー、被害者が加害者を殺して生き延びるレイプリベンジ映画に対する鋭い批判を展開しながら、それらに加担する見えない加害者="いいやつ(Nice Guy)"とは何者なのかを提示する。
7. The Exit of the Trains (ラドゥ・ジュデ)
こちらはジュデの一つ前の作品で、昨年のベルリン映画祭に出品されたもの。1941年のヤシ市におけるユダヤ人虐殺について、殺された故人の遺された写真を提示し、どうやって殺されたかを記した故人の家族の、時に本人の手記/証言を読み上げる形で彼らの弔いと彼らの存在を歴史に刻み込む行為を同時に行う。あまりにも無機質で機械的な読み上げが160分間続き、それによって我々の頭の中に当日のヤシ市の状況をモザイク状に構成していく。久々に立ち上がれなくなるほど消耗した一本。
8. Shiva Baby (エマ・セリグマン)
シヴァ(広義葬式)でシュガーダディと出会う話。集結した親戚という親戚が、彼氏はいるの?などとプライベートに土足で踏み込みまくり、逆に勝手にプライベートをバラしまくる。閉所恐怖症的空間の中で見つけ直した一筋の光に涙。
9. 樹海村 (清水崇)
ジェダイマスターとなった山田杏奈が『死霊のはらわた』な森で『ミッドサマー』と遭遇する話だが、最早物語ることを放棄して"常に何かが起こっている"状態を保ち続けるのは、ミッドサマーを貫通してヤンチョー・ミクローシュ的な要素を感じる。森という超自然的な時間の流れをめちゃくちゃな脚本が図らずも(?)補強しているような形になっていて、静かに感動した。
10. The Killing of Two Lovers (Robert Machoian)
正直なところ、ブライアン・ダッフィールド『スポンティニアス』と迷ったんだが、今回はこっちを採用。田舎版『マリッジ・ストーリー』という評は当たらずとも遠からずと言った感じだが、要するに田舎で別居状態にある一組の夫婦についての物語である。この夫婦の間には決定的な出来事による大きなヒビが入っていない状態で、二人で会ってもそこまで険悪なムードにはならないが、やはりどこかぎこちないのが妙にリアル。別れてもないしなんならすぐそこにある実家に引き上げただけなのに、妻には早速恋人がいて、この恋人が最恐に空気の読めない男なのが面白い。
・あとがき と 旧作ベスト10
今年は去年よりも旧作に力を入れていた感覚があったんだが、数字を見てみると去年とほぼ同じくらいの割合で観ていた。その感覚はどれだけ好きな作品に当たったかと比例しているようで、新作ベストは何を加えるかで悩んでいたが、旧作ベストは何を削るかで悩んでいた。ということで大漁だった今年の上半期旧作ベストは以下の通り。
1. マルレン・フツィエフ『無限』ある時代の終焉と新たな世界の始まり
2. パトリック・タム『Love Massacre』愛と殺、相反する要素が共存する魔法
3. Dan Pița & Mircea Veroiu『The Stone Wedding』白色の"死"と黒色の"希望"
4. ハワード・ホークス『ハタリ!』動物野郎たちの仕事とロマンス
5. エニェディ・イルディコー『Tamas and Juli』移り気なタマシュと一途なユリ
6. パトリック・タム『The Sword』不幸を呼ぶ妖刀を巡る旅
7. クシシュトフ・ザヌーシ『Illumination』絶対的真実を追い求めた10年間
8. ユリア・ソーンツェワ『魅せられたデズナ河』遥かなるウクライナの大地より
9. ブリュノ・デュモン『アウトサイド・サタン』善悪の狭間にあるデュモンの"奇跡"
10. パトリシア・マズィ『走り来る男』ローラン兄さんが戻ってくる!
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