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エメラルド・フェネル『プロミシング・ヤング・ウーマン』レイプカルチャーへの復讐

大傑作。夜のクラブで集う三人の男の目線の先には、泥酔してパンツ丸出しでソファに沈み込む一人の女性。その中の一人が彼女に声を掛け、意識が朦朧としている彼女を自宅に送り届けるような流れで自宅へ連れ込み、ベッドに押し倒して服を脱がし始める。そこで女性はムクリと起き上がり、先程から小声で繰り返していた質問を繰り返す。"おい、何してんだよ?"と。本作品は、ある目的を持って世の中から女性を性的な目線で"利用"しようとする男たちを駆逐するべく立ち上がったキャシー・トーマスを描いている。その目的とは大学時代にレイプされ、それを信じてもらえなかったことで自殺してしまった友人ニーナに代わった復讐、と彼女を救ってやれなかった自分への断罪である。物語はそれを骨子に動いていくが、ニーナとは直接的な関係はないものの同じようなことをしている男たちへの怒りもしっかり描くことで、映画そのもののメッセージを所謂"リベンジもの"というジャンルに埋没させてメッセージを消費させないよう、細心の注意を払っていることが分かる。

レイプカルチャーに浸って卑劣な犯罪行為に手を染める彼らのほとんどが、自分を優しい人間だと思っているし、事実日常的に人を殺したり暴力を振るったりしているわけではない。そして、意識がはっきりしていると分かった途端に狼狽え始め、犯罪行為に対するコメントを求められた際には、必ず自分は"nice guy"であるという一言が最初に登場して自己弁護を並べる。彼らの加害風景しか見ていないので、その言葉は俄に信じがたいのだが、それをいとも簡単に覆すのがキャシーに近付く元同期ライアンの存在だ。身長が2m近いボー・バーナム演じるライアンは、見かけ上もやしで言動も実に無害そう、キャシーへの気遣いも見せる優男である。そうそう、こういう人こそが"優しいやつ"だよ、と。そして、彼こそが散々言われてきた"nice guy"なんだよ、という瞬間が訪れる。認識そのものは正しかったが無意識に前者と後者を分けていたことが突きつけられる瞬間だった。

★以下、ネタバレ

復讐が始まると一人ずつカウントされ始める。一人目はニーナを信じなかった同期のマディソン、二人目はニーナの届け出を丸め込んだ学部長ウォーカー、三人目はニーナに訴えを取り下げさせた弁護士ジョーダン、四人目はニーナをレイプした主犯格アルを指している。そして、ラストでライアンがメッセージを受け取ってから五人目がカウントされる。四つの棒を斜めに切る、所謂"タリー"と呼ばれる数え方なので、カウントは五人目になるが、絵面的には全員への復讐を終えたことを示しているようにも見える。逆にカウントが正しいなら、五人目は誰なのだろうか。結局"俺は悪いやつじゃない"と言い切ることになったライアンだろうか、ビデオを撮影したジョーだろうか。私にはキャシーのカウントのようにも思えた。彼女のニーナへの深い愛情は、カウントに続いて登場する重なり合うハートマークのネックレスやライアンへの"Love, Cassie & Nina"というメッセージからも推し量ることが出来る。だからこそ、彼女を守れなかったキャシー本人も、キャシーの中では彼女の死に加担した一人としてカウントされているのかもしれない、となんとなくだが思ってしまった。

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・作品データ

原題:Promising Young Woman
上映時間:113分
監督:Emerald Fennell
製作:2020年(アメリカ)

・評価:90点

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