スティーヴ・マックィーン『スモール・アックス:エデュケーション』何もしなければ、何も変わらない
スティーヴ・マックィーンによる、1960年代後半から80年代半ばまでのロンドンの西インド人コミュニティを舞台にした5つのオリジナル映画からなるアンソロジー・シリーズ"Small Axe"から、最終章となる本作品ではIQが低いのを原因として地元の学校を追われた少年と常に忙しく働いて家族を見る余裕のなくなった母親を繋ぎ直し、無名の個人がコミュニティに属することで失われたものに気付いて取り戻してく様を描いている。両親と子供たちは仕事と学校という環境に阻まれて断絶し、それぞれが白人やアジア系移民などごった煮された独自のコミュニティに属しているため、自らの扱いが不当であることに気が付いておらず、親子の断絶がそれを余計に有耶無耶にしている。主人公キングズレーは授業中に少し騒いだだけで教室から弾き出され、IQテストの数値が低かったからと"特別学校"に編入を半ば強制される。傍から見れば確かにキングズレーにも悪い部分があるのかもしれないと思ってしまうが、IQテストに文化的バイアスがかかっていて、西インド系移民の子供たちが教育水準を下げているなどと言われていることを知れば、彼は単に除け者にされただけであることが分かる。
彼が流された先の"特別学校"では、教師が授業中に弾き語りをしたり、タバコを吸ったり、休み時間に"死ぬなよ"とだけ伝えて敷地内へと解き放ったりしている。一見これは自由な校風にも見えるが、様々な理由を付けて教育を放棄された子供たちがただ放置させられている掃き溜めのような場所に他ならない。ここで、前作『Alex Wheatle』のラストに登場した"教育こそが鍵だ"という言葉が重くのしかかってくる。彼らは偏見と国の事情によって、勝手に未来を閉ざされてしまっていて、それに対して気付くことも声を上げることも出来ないでいるのだ。キングズレーやその友人たちが特別学校を墓場のように扱うことなど、所謂"特別支援学校"に対する絡み合った偏見を解くまでには至っていないような気がするが、父母姉弟の四人が全員別々の方向を向いて必死に生きていたのが、久しぶりに互いの顔を見るように団結していく様は美しい。
アンソロジーを通して、物語は黒人青年男性が中心だったが、本作品に至ってようやく女性たちと子供たちが登場する。本作品の父親はギリギリまでキングズレーの学校について触れたがらず、キチンと学校での教育がなされなくても自分と一緒に働けばいいとするなど、未来ではなく現在を見すぎている人物として描かれている。それはそれで彼の背景/物語があっての発言なので一概に間違いとは言えないのだが、"何もしなければ何も変わらない"として行動を始める母と子にコミュニティの未来を託しているようにも見えるのは、シリーズの締めくくりとしての希望的だ。
追記
アンソロジーとして、『Mangrove』で戦いの始まりを、『Lovers Rock』でコミュニティの形成を、『Red, White and Blue』で強い個人を、『Alex Wheatle』で弱い個人を、『Education』で未来を描いており、一つの作品として素晴らしいバランスの良さを感じる。
・作品データ
原題:Education
上映時間:63分
監督:Steve McQueen
製作:2020年(イギリス)
・評価:80点
・"Small Axe"シリーズ
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