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【ショートショート#1】黒猫は心の宅急便

眠い。
これは失敗だった。
明日は在宅勤務だから、そこまで早く起きなくても大丈夫だ。
この油断が、僕を深夜のアニメ鑑賞の道に連れて行った。
長い長い道で、とても楽しい道のりだった。
そして、気づいたら、朝だった。

確かに電車通勤しなくてもいいので、
睡眠時間をとることはできたものの、本当に眠い。
これはやばい。
首がずしっと痛い。いや、重いのだ。
それと比例して、僕のまぶたは重くなってくる。

「うわぁぁぁ」
隣人に迷惑にならないぐらいの声を出す。
少しでも目を覚まして、仕事に取り組みたいのだ。

パソコンの電源をつけてログインする。
いつもなら何も問題ないログイン作業も、2度失敗する。
「くっ、辛い」

あまり良くはないが、ラジオをつける。
少しでも音を流すことで、起きることができるかもしれない。

こういう時に限って忙しくない。
暇な時間が生まれるのだ。
会社に入れば、周りの目を意識することで、
今までの仕事の振り返りを積極的に行ったり、
同じように暇そうな社員が入れば、会話をしたりできる。

リモートとなると、それがないのだ。
確かに電話やメール、ビデオ会議をつなげばコミュニケーションを
とることはできるのだが、仕事と直接関係ないものに使うのは、
僕の良心がダメだと訴えてくる。

「あぁ、眠い」

こうなったら、部屋の換気だ。
紅葉した葉っぱが全て落ちようとしているこの時期。
部屋の窓を開ける。
すると、冷たい空気がうっすらと入ってくる。

「うん、眠い」
確かに気持ちはいいのだ。でも、一瞬なのだ。
ずっと開けているわけにもいかないし、
新鮮な空気が肌を伝って脳に刺激を与えるよりも、
昨日の夜ふかしからの眠気の方が、はるかに強いのだ。

もう、椅子に座らずに仕事をし始めた。
パソコンを見下ろす。
ちょっと僕が偉くなったような気分だ。
椅子に座って作業する、という今までの景色とは異なる景色。
ただ立つということだけなのだが、
違う感覚になる。

「うん、眠いなぁ」
ずっと立っていると疲れてくるし、その疲れが
眠気を助長する。
本当にどうしようもない。

立ったまま、体を右に左にと回してみる。
すると、窓の向こうに黒猫が歩いているのが見える。
この辺りでは、たまに野良猫を見かける。

猫はどのようなことを考えて歩いているのだろうか。
そんなことを思ったとき、その黒猫と目が合ったような気がした。
いや、違う。
確実に目が合った。
その黒猫はゆっくりと僕の部屋の窓の方に近づいてくる。

「へぇ」
僕はあまり動物に詳しくない。
動物は人間に近づいてくることはほとんどないと思っていた。
でも、この目の前の黒猫はゆっくりと近づいてきて、
とうとう僕の部屋の窓の下のところまで来た。

可愛らしい目だ。
なんて、つぶらな瞳なのだろう。
そんなことを考えていると、猫は一気に飛び上がり、
僕の部屋の中に入ってきた。

やってしまった。
換気のために開けていた窓を閉めていなかった。

入ってきた黒猫はパソコン周りに見事に着地し、
ゆっくりと歩いている。

普段であれば、慌てふためくのだろうか。
それとも頑張って猫を捕まえて、外に逃してやろうとするのだろうか。
その気持ちを鈍らすほどの眠気と僕は戦っている。

ぼーっと、猫が机の上を器用に歩くのを見ていた。
すると、パソコンのキーボードの上を歩き始めた。

「あぁぁ」
つい、声が出る。
でも、どうだっていい。とにかく眠いのだ。

その猫はキーボードの上で止まり、ディスプレイを見た。
猫はどのように見えているのだろうか。
そんなことを思いながら、僕も猫と一緒にディスプレイを見る。
そのディスプレイには、花屋のホームページが開かれていた。

椅子に座り、ゆっくりと花屋のホームページを見る。
椅子に座った瞬間、猫は外に飛び出していった。
僕は、その猫のことは全く気にならなかった。
目の前のディスプレイに映っている花屋のホームページが、
僕の視線を釘付けにさせた。

その花屋のホームページには、自然消滅した彼女が映っていた。
元・彼女という方がふさわしいか。
店長として映っているのか。どうなんだ。
僕はいつの間にか、眠気と距離をとることができていた。

そこまで遠くない花屋だ。
もう連絡先も消去して、何も残っていない。
でも、きちんとお別れもできないまま、元・彼女と別れた。
きちんと挨拶だけでもしたい。

そう思った時だった。
「イッテェ…」
メガネの鼻受けの部分が、僕の顔を押し付け、その痛みで起きる。
僕はパソコンの前で寝ていたのか。
ディスプレイを見てみると、会社専用のアプリケーションのページだ。

「あの花屋…」
その花屋を検索して表示させようとするも、全く出てこない。

「ゆ、夢?」
キーボードをみると、わずかに土がついている。
猫が歩いた後であろう場所を見ると、うっすらと土がついている。
夢ではないのだ。
でも、花屋のホームページが見当たらない。

すっかり眠気は無くなっていた。
元・彼女のことで頭がいっぱいで、首の重さも何も感じなくなっていた。
今、彼女は幸せに生きているのだろうか。

ラジオからはニュースの声が聞こえる。
「続いてのニュースです。先日から行方不明になっていた女性が、山奥で遺体で見つかりました。手には花を握りしめられており、他殺と自殺、両面で操作が行われています」



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