【ショートショート#2】どうするんだ!
僕は考えていた。
このままの雰囲気で進んでいってしまったら、どうなるのだろう、と。
新しい会社に転職して、はや1カ月が経過しようとしていた。
まだ業務に慣れておらず、不安なことだらけだ。
だからこそ、OJT研修期間というわけなのだが、
ことある毎に、上司は研修期間が終わった後の売上を言ってくる。
会社というのは、売上が上げることも大切なことだ。
いや、必須事項と言っていい。
わかってはいる。大切なことだ、ということを。
でも、それが不安という大きな塊を日に日に大きくしているのがわかる。
そうした時に、新しい人がまた転職で入ってきた。
そう、会社の売上向上のため、どんどんと人を増やす方向に進んでいる。
わかる、わかるんだ。
会社として、きちんと数字で結果を上げなければならない。
だからこそ、必要であれば追加で人を採用する。
頭ではわかっている。
でも、心の中では、不安という大きな塊をさらに大きくしていく。
僕は、人付き合いが苦手なのだ。
何を話していいのか、わからないのだ。
でも、『空気を読んで』何か話して、雰囲気を良くしないと、とか考える。
これがストレスになるのだ。
そのため、人が少なければ少ない方がいいのだ。
大きな会社よりも小さな会社、
大きな会社だったとしても、人の少ない部署。
これが僕の理想だ。
人が入ってくるとなれば、必ず会話をしなければならない。
「初めまして。今日からよろしくお願いします」
「あっ、初めまして。よろしくお願いします」
なんという表情だろうか。
向こうは初めて来たというのに笑顔で挨拶してくれているのに対し、
僕は、ひきつった顔。笑顔でもない。ただ、ひきつっているのだ。
こうなってくると『隣の芝は青い』モードに入ってくる。
僕は未経験で転職。でも、その人は経験者。
僕はコミュニケーション能力皆無。でも、その人はコミュ力の化け物。
僕の見た目はぼてっとした見窄らしい、モテないダメ男。
でも、その人はすらっとしていて、ダンディで家族持ちのしっかり男性。
もう、だめだ。
帰りたい。
そんな時だった。
「今度、みんなで食事にも行きましょうよ」
僕の心の顎下に、クリーンヒットが入ったような感じだ。
僕は心の中ではノックアウトしていた。
「そ、そうですねぇ。いいですねぇ。でも、研修スピードが、
バラバラだから難しそうですけどねぇ」
ちょっとやんわりと否定する。コレが僕の最大限のカウンターパンチだ。
なんて弱いカウンターパンチだ。
颯爽と研修を終えて帰っていくその人。
僕は一人、デスクに残り、少し残業をこなす。
どうするんだ!
僕は、これからどうするんだ!
働く環境を変えたくて転職したのに、
これではあまり変わらない可能性が増えたではないか。
心療内科に通っている僕が、
また倒れてしまうきっかけが増えたではないか。
「うん、帰ろう」
まぁ、こんな葛藤を繰り返すのにも疲れる。
今は一人。
ゆっくりと帰ろうではないか。
それに、一つ一つは解釈次第でどうなってなる。
こういう状況だからこそ、できることがあったり、
未来に見えてくるものがあると思うのだ。
こういうのって、『空気を読む』のではないんだ。
『食う気をよむ』のだ。
色んな気がある。
楽しい気もあれば、不安という気もあるだろう。
全部一旦食ってしまって消化するんだ。
そういう気が起きることは自然なことで、仕方がない。
受け入れるしかない。これも個性の一つだろう。
自分の心を食べるような感じで、しっかりと向き合って、
それを受け入れる。
これをしっかりと自分の心の中で読む→言い聞かせればいい。
そんなことを思いながら、都会のイルミネーションの間をすり抜けて、
家路についた。