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【日記#33】外からの変化?それとも内面からの変化?
<Twitterに記載した”コトバ”>
「子供のままではいけないよ」
社会に出ると、そんな雰囲気に包まれている気がします。
でも、子供の真っ直ぐな気持ちは温かく大事にしたい。
今日は、すごくダウンな日でした。
何かあったわけではありません。
今は、会社の仕事からは離れていますし、
クラウドソーシングも、ちょっと自信を無くしたこともありますが、
積極的に提案もしていません。
強いていえば、MOSのExcelエキスパートの資格を取得したぐらい。
これが、しんどかったのかもしれません。
ほとんどExcelのエキスパートの資格の勉強はしませんでした。
模擬試験が付属している参考書・問題集を購入して、
模擬試験をひたすら取り組んだだけ。
ほとんどの内容は、以前の職場で独学していたものがほとんどでした。
でも、試験そのものに慣れていないと大変だと痛感しました。
最初の模擬試験の点数は、100点満点中18点。
間違ったところを振り返って、知識を修正したり、
操作そのものに慣れていったり、の繰り返しです。
ゆっくり考えていたら、あっという間に試験時間は過ぎてしまいます。
体調を整えている間に、取得しかけていた資格はとっておこう、
と思っていたのですが、なんだかんだ試験はプレッシャーがあったようです。
こうして振り返ると、自分は、自己中心的で愛されたい人間なんだと感じます。
なんだかんだ、大学までは、そこそこの学力でした。
学校の勉強で苦労するようなことは、あまりありませんでした。
親がとにかく、勉強にうるさい、ということもありますが、
テストで良い点を取ると、褒めてもらっていました。
子供の頃、褒められるのが、やっぱり嬉しかったんだと思います。
大人になって、資格をとったところで、
確実に収入が上がるわけではありません。
本当に、自分自身の助けになるか、保証はありません。
そして、誰からも褒められるわけではありません。
「虚しいなぁ」
試験に合格して嬉しい気持ちとほっとした気持ちの後、
帰りの電車の中で思ったことです。
資格を取ることが目的となると、虚しくなるんですね。
資格はあくまで、手段であって、
もっと先の未来を見ておく必要を感じました。
私が精神的に不安定になったりするのも、
子供の頃から考え方があまり変わっておらず、
社会に合っていないのかもしれません。
子供の頃は、ただ褒められればよかったのです。
大人になって、社会に出れば、誰も褒めてくれません。
動機といいますか、価値観といいますか、心の成長といいますか、
内面の変化が、社会で生きるためには大切なことだと思いました。
一方で、子供の頃の純粋な気持ちというか、
真っ直ぐな思いみたいなものも、大事な気がします。
社会って、こんなものなのでしょうか。
子供の頃の、真っ直ぐに好きなものを好きと公言して、
一生懸命に取り組んでいく。
そこには、自分の利益とかは考えていません。
ただ、好きで、ただ、楽しいだけ。
「それが子供で、そんなままじゃいけないんだ」
社会で生きていると、ずっと言われ続けている気がします。
今の社会は、こんな気持ちで、生きていてはいけないのでしょうか。
私は、信じていたい。
好きなことを真っ直ぐに取り組んでいく姿勢は、
人々を巻き込んでいくことを。