20230302
曇りで風が強く、肌寒い一日になった。寒暖の差が激しいので体調管理が難しい。和歌山にある書店、本屋プラグのポッドキャスト番組で紹介されていて面白そうだと、共同通信大阪社会部の武田惇志と伊藤亜衣による『ある行旅死亡人(こうりょしぼうにん)の物語』(毎日新聞出版)というノンフィクション本を購入した。この聞きなれないタイトルの言葉は法定用語で「病気や行き倒れ、自殺等で亡くなり、引き取り人不明の死者」を表すそうだ。二〇二〇年四月に大阪・尼崎のアパートで老齢の女性が玄関で倒れてそのまま死亡、警察は遺体の状態からくも膜下出血による病死と見て事件性はないまま処理された。ところが、この女性の身元が判然としない。「田中千津子」さんというのは偽名で、第一発見者の大家も契約者だった「田中竜次」という男を直接は知らない。この件が特別なのは、この行旅死亡人が金庫におよそ現金三四〇〇万円という大金を所持していたということだ。これは行旅死亡人として記録されている、歴代で最も多額の所持金だった。しかも女性の左手の指は全て欠損しており――これは働いていた缶詰工場での労災によるものであることが判明していた――、一つ星の刻印されたペンダントは開閉式で中に謎の数字が書きこまれた紙が収納されていて、北朝鮮の工作員ではないかという憶測も飛んだという。すでに警察も捜査を打ち切り、自治体が法令に基づき遺体を火葬し、公選された弁護人も遺産引き取り人を見つけるために探偵を雇ってまで身元を探ったが無駄足に終わっていた。この官報に目をつけた記者が「田中千津子」の身元を探る過程を記した、当初ウェブで配信されていた記事がその反響を受けて単行本化した。不穏で北朝鮮の工作員という物騒な話題まで飛び出す前半から、彼女が大切に三〇年以上扱ってきたクマのぬいぐるみ――たなか・たんくんと名付けられていた――のエピソードが出てくる中盤でガラッと趣きが変わる。一人の人間には本当に様々な物語が隠されていると再確認させる一冊だ。