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連載小説【ミックスナッツ】| EP.7 残暑

 和菓子が好き。そんな話をしたっけな。と考えてみるものの思い出せない。N原に渡された魚の形をした和菓子を見ながら、お礼を言う。
 大学が始まる前日の火曜日。お店は定休日だから予定もなく、特に予定もないので、N原とご飯を食べにいくことになった。よく考えれば入学式の時以来、キャンパス外でご飯を食べることはしていなかった。この半年、授業のある日はほとんど一緒にいた。ただし、空き時間のほとんどをお互いに課題をこなすことに集中していたし、N原に関して言えば、物理を勉強してこなかったハンデがあったので、必死にやっていた。
「そういえば、ちゃんと飯行くの入学式以来やおね。」
 同じことを考えていたので、質問に肯定しながら自分より遥かに高い位置にある顔を見上げる。駅で待ち合わせをした時は、話しかけられるまで分からなかった。群衆から頭ひとつ飛び出た頭は、黒の短髪に変わっていた。地元のいつも行く床屋で切ってもらったと言っていたが、確かに高校野球部の少年のような雰囲気で、こんな知り合い居たかなと一瞬戸惑ってしまった。
 
「成瀬は、お酒飲んだことあるん?」
 野球少年みたいな見た目で聞いてくるから、笑ってしまった。
「別に今まで飲もうと思ったこともないよ。親はよく飲んでるから、家にビールはいつもあるけど。」
 結局、駅中のファーストフード店に入って向かい合ってポテトを食べる。たまたま出来上がりだったのだろう、熱々のポテトはサクサクしていていつもより美味しい。目の前では、大きい口でバーガーを頬張るN原がいる。もう一つ追加のバーガーがトレーにあるのを見て、男の子なんだよなと不思議な気持ちでいると、N原も不思議そうにこちらを見ている。
「なに?なんかついてる?」
「いや。成瀬と会うの久しぶりやけど、会ってみると変わらんもんで面白い。」
 いやいや、たったの2ヶ月ほどの休み。そんなに中身がかわることもないやろ。とツッコミを入れて、N原を見る。確かに髪は短く地毛に戻っているが、それ以外は相変わらず、スラっとした長身に焼けた肌。細い吊り目は夏のキツネを思い出された。
「最初にN原に会った日、でかいキツネが怯えてるみたいに見えたんよね。」
 今更だけどと言いながら告げると、N原の大笑いが店内に響く。それも相変わらずだ。
「よく言われる。キツネにしてはデカ過ぎるって。」
 つい話してしまった瞬間は嫌がられるかと思ったが、当の本人は大笑いして、キツネも可愛いもんでいいよと笑って座っている。N原は、きっと何も特別なことなく、私と友達でいるんだな。自分の中で腑に落ちた。N原は誰よりも身近にいる男の子だけど、恋愛ではない。

「私、言ったっけ?和菓子好きなこと。」
「言っとったで。前に赤福が好きって。」
 こともな気に言葉が返ってきて、ああそうだったと思い返す。N原に彼女がいないのか不思議だなと思いながら、自分の恋愛話になると嫌だから切り出せずに悶々としている私の前で、N原はぼーっとこちらを見ている。何かまた考え事をしているようなので、放っておく。
 しばらくして、またなんてない雑談をして早めに別れた。


 彼女とは、ずっと話してみたいと思っていた。チャンスが来たのは突然で、おかしな質問になってしまったのは自覚してる。成瀬さんは、私を含めて学部の周りの女子たちとは違っていて、なんというか大人だった。だからこそ、高嶺の花が一緒にいるのが、悪目立ちする中原ということがアンバランスだと冷やかされていた。
 「ねえ、前から聞きたかったんだけど、中原くんと仲良いよね。付き合ってるの?」
 だめだ。これだといつも都合よく話しかけてくる噂好きのあいつと同じになる。何を言おう。と必死に考えていると、抑揚の少ない綺麗な声が返ってくる。
 「仲良く見えてるんだね。まあ、いつも一緒だからかな。」
 返す言葉に詰まってひと呼吸置いてしまう。思ってた以上に、話しづらいかもしれない。さっきの焦りが別の焦りに変わる。同年代で直接話していて、こんなにも何を考えているのか分からない人に会った事がなかった。特に嫌がられている様子はないけど、好意的にも見ている様子もない。どっちか分からない。
 「みさきちゃんだよね。いきなりごめんね。前に呼ばれてるの聞いてて、名前しか知らなくて。」
 少しだけ間があって、綺麗な声が会話を続けてくれた。まさか自分の名前を知っていたとはとにっこりして、思わず空きコマにカフェに誘ってしまった。自分から積極的に仲良くなりたいと思った直感は、意外にも当たっているかもしれない。

 「ごめん。今日は、中原くんと予定があるから。」
 真顔で断られてしまったが、嫌な気はしなかった。社交辞令でもなく、おそらく本当の理由なのだと伝わってきた。後期に入って始まった「製図」の講義の席が隣だった。実習系は余程のことがない以上は全出席が必要になる。つまりは彼女とは毎週話すチャンスはある。
 どこか惹かれる雰囲気。おそらく大多数の人は成瀬さんの綺麗な顔に惹かれていると思う。けど、そうではなくて、実際に話をすると伝わってくる。顔の造形ではなく、クールなイメージとは違う優しい雰囲気。これまでまったく知らなかったなという、どこか勿体ない気持ちと、これから仲良くなれるかもしれないという高揚感が混ざって、少しだけ大学生活に彩りを感じて唇が綺麗に弧を描く。今年はまだまだ残暑が残っている。首を汗が流れてパーマの当てた髪が引っ付く。


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