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連載小説【ミックスナッツ】 | Ep.6 恋愛ごっこ

 夏休みも残り少なくなった頃、意外な人から誕生日を祝うLINEが入り、驚いた。
 新歓の時に連絡先を交換したイベントサークルの先輩。手慣れた文面が並ぶ。前は彼女はいないって言ってたけど、他の人に聞いたらみんな笑ってたから本当かどうかはわからない。きっと、好きになったらダメなタイプ。
 少し悩んでとりあえず、お礼のLINEだけ送っておく。

 またすぐに、携帯からお知らせ音が鳴る。
「ゼミに行く予定あるから、もうすぐそっち戻るし、みさきちゃんご飯行こうよ。」
 バナーで内容を確認して、少し頭が痛くて、ため息を吐く。先輩はいわゆるイケメン。すごくタイプだけど、どこか何かが引っ掛かる気がして、連絡はしないようにしていた。

 「みさきちゃん。」
 にこにこ爽やかに笑いながら、先輩が手を振っている。危なくなったら逃げればいいや。そう自分に言い訳して、LINEを返して1週間後。お盆が終われば、私はすぐに下宿先に帰ってきた。地元にいても、特に何もすることがもなければ、会いたいと思える友達もいなかった。それなら、早く戻ってきてアルバイトにたくさん入って稼いでやろうと思って、単発バイトも増やして働いていた。

 「みさきちゃんは、ソフドリにしててね。」
 数年前から未成年の飲酒に対してすごく厳しくなったと笑顔で先輩が話す。少し前は、新歓でも新入生も普通にお酒を飲んでいたけど、ここ数年で変わったらしい。私はお酒を飲んだことないのでと笑って返す。
 先輩と来たのは、私の最寄りの駅構内のイタリアン。
 向かいの席に座ってワインを飲む先輩を見る。わざと視線を合わせてくるので、ずるいなぁって思いながらもドキドキする。学部の男子より断然大人で、イケメンで、話も楽しいし、ファッションも仕草も都会らしくスマート。たわいない話も楽しい。警戒してたけど、雑談も楽しくて時間があっという間に飛んでいく。

「先輩って、彼女いますか。」
 食事も終わる頃、雑誌で読んだストレートな匂わせをしてみる。相手を意識させるなら、直接聞いた方がいいって書いてあった。きっとこの言葉はこういうシチュエーションで使うはず。ちょっと勇気を出して、ドキドキして答えを待つ私がいる。今すごく恋愛をしている気がする。

「え~。いないよ~。どうして?」
 結構お酒を飲んでるみたいだけど、ほとんど酔っている様子もなく、ずっとニコニコしていて穏やかに声が返ってくる。もちろん「好きです。」なんて言えないから、咄嗟に絞り出した。
「先輩かっこいいから、いるのかなって思って。」
 精一杯の強がりだけど、きっと先輩はわかっている。変わらずにニコニコしている。


 恭平から「あとは頼む」と言われたのは、夏休みももう少しで終わる頃だった。あと数日もすれば、みんな散り散りに下宿先に戻っていく頃になって、香織と別れ話をするからあとは頼むと電話があった。
 高校野球部のマネージャーと時期エースのビッグカップル。美男美女。ともに成績優秀。誰もが納得の組み合わせで学校でも有名だった。恭平もいい奴だ。リトルリーグから知っている恭平は、いつも人気者で、エースで、香織が男だったらこんな奴じゃないかって思う奴だった。ただ、進学した大学が遠すぎた。頭の良かった恭平は、東北の英語教育で有名な大学に進学した。簡単に会えないことが原因。大学に進学すれば別れるカップルによくある理由。香織とは帰省前からずっと話をしていたようで、明日の出発前に会って話をするとキッパリという。

「お前、ふざけるなよ。俺は知らんで。」
 そう言ってはみたものの、香織が俺に連絡してくることはわかってた。わかっている。いつも一緒だったから、香織の悪い癖も知っている。


 雨がひどい。それでも家の中まで響く車を閉める大きな音。看護師の母親は今日は夜勤だ。タイミングがいいのか悪いのか。心の中でついたはずのため息は、大きすぎて口から盛大に漏れ出る。
「聞いてる?」
 ピンポンも鳴らさずに、子供のように勢いよく玄関を開けるなり叫ぶ。
「聞いてる。」
 濡れた髪の香織にタオルを渡して、手短に返事をする。
 香織はどこで買ったのか、酎ハイの缶とお菓子が入った大きな袋を持って、俺の部屋にずんずんと進んでいく。俺は驚きも焦りもなく、背中を追って部屋に行く。 

 「恭平はずるい。」
 目の前で怒りを爆発させている女の子を見ながら、変わらないなとぼーっと考えていた。いつも、香織は何かあるとお菓子とジュースを買い込んで、俺の前で盛大に怒り、そして盛大に泣いてきた。お酒以外はいつものことなのに、半年間離れていただけで、今の香織が懐かしくて、中身は全然変わっていないことに安心した。俺は別に慰めることもしなければ、アドバイスをすることもしない。この5年間で学んできた結果、ぼーっと考え事をしながら、香織の前にただ座っている。
 香織のことは好きだ。これからも一度好きになった人を絶対に嫌うことはないだろう。好きな人にフラれたとしても、その人が大切な人であることにはかわりない。

 怒りが過ぎ、泣きが過ぎようとしている。渡したタオルで顔を覆っている、無防備な香織をチラッと見て、キッチンに降りる。
「ケーキ食うだろ。」
 香織の好きな店の苺のショートケーキを取り出しながら言う。頭がこくんと上下する。
「ありがと。」
 くぐもった声が聞こえる。

「いつもは姉貴なのにな。」
 泣き止んでケーキを口に運ぶ香織を見ながら、思わずクククッと笑ってしまう。別に別れたことが嬉しいのではない。必ず自分を頼ってくれるのが嬉しい。この関係に名前はなくても、香織は大切な人で、可愛いと思うのは確かだ。もしまだ恋愛だったとしたら、始まってしまうと終わりが来るかもしれない。俺たちの名前のない関係は、このままずっといれるかもしれない。どうかこのまま続いてほしい。

 香織が大量に置いていった酎ハイを口にしながら、なんとなく成瀬にLINEを入れる。明後日には下宿先に帰る予定にしている。お土産も買った。髪も切った。大学が始まると思ったら、成瀬に会いたくなった。


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