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連載小説【ミックスナッツ】 | Ep.5 幼馴染

「敦史。こっち。」
 夏休み。新幹線に乗らなくても3時間ほどで岐阜駅まで辿り着く。ここからは幼馴染の香織と待ち合わせをして地元まで帰る。同じ日に帰る予定を立てたことに別に意味はない。記憶が始まる前から高校を卒業するまで一緒に育ってきた。香織は愛知の大学に進学して、相変わらず彼氏と仲良くやっているらしい。香織の彼氏も高校で同じ野球部だった。みんなずっと一緒にいた。
「元気にしてた?しょうもない約束守って金髪にしちゃうもんで、みんなで悪いやつと友達になるんじゃないかって心配してたでね。」
 いつも通りの明るい声で笑いながら運転している。地元も愛知も車社会。みんなが当たり前のように、18歳になれば免許をとりに行って、当たり前のように車を運転する。俺も一応運転免許は持っているが、大学のあたりは電車の方が便利でしばらく運転していない。運転は得意じゃないから都会でよかったと思う。
 伸び放題でボサボサになっている髪先は金髪のまま。高校を卒業した日に、野球部の仲間内でゲームをした。打球の飛距離を競ってそれぞれ罰ゲームを受ける。勝者は一人もいなくて、全員それぞれ罰ゲームを受けるというただの遊び。「金髪に染める」以外にも「好きな子に告白する」とか、「焼肉を奢る」とか、仲がいい仲間たちとの高校最後の遊びだった。
 個人的には金髪は気に入っていた。イカつく見える姿がカッコいいと思って、地元の仲間が止めるのも耳に入れずに、入学式に意気揚々と行った。あの時の不安と焦りを思い出したが、同時に成瀬のことを思い出して嬉しくなる。
「そういえば友達できた。しかもでら優しいもんで、いつも課題教えてもらってる。」
 あの日、本当に成瀬に声をかけてよかった。成瀬はすごく優しい。左右を教えてもらった日から、何度も課題を手伝ってもらっている。一度、お礼をしたいと思って何がいいか聞いてみたが、「別に。」の一言で終わらされてしまった。成瀬の好きなものは、犬と少女漫画と花だと聞き出せた。前期ずっとかけて聞き出せた情報がこれだけ。花をプレゼントしようと思ったけど、花屋でアルバイトしてるみたいなので、恥ずかしくて辞めた。
「敦史はその子のこと好きなの?」
 相変わらずの鋭い指摘が容赦なく飛んでくる。なんでもかんでも、恋愛に結びつける考えは好きじゃない。チラッと視線だけ横に向ける。前を向いたまま、口元がニヤニヤしている。
「お前、またバカにしてるやろ。」
 どうせ俺の口元も同じ形をしてるだろう。本当にずっと一緒だった幼馴染なのだ。香織は、俺の恋愛遍歴を全部知っている。その中に本人が含まれることもよく知っている。幼いときはずっと香織が好きだった。活発で、かなり小柄なのに男子よりも野球が上手く、少年野球時代は主将だった。リーダーに相応しく、しっかりしていて姉御肌、誰よりもよく笑い、よく泣く女の子だった。地元のほとんどの男子の初恋は、香織だったんじゃないかというくらい人気があった。幼馴染の俺は、香織にはいつもイジられていた。昔好きだったからか、今でもなんとなく頭が上がらない。いつも大きく口を開けて笑う顔が好きだったし、いまだに顎が外れそうなくらい大きく笑うのに、それすらも可愛いと思ってしまう。恋愛というほど初々しくなくて、もう家族みたいな関係。もし何かでヘルプの連絡があれば、きっと何を置いても、愛知まですぐに駆けつけると断言できる。
 香織もきっとそうだろう。お互いに、つらい時を支え合って18年間を一緒に過ごしてきた。もう恋愛とかとは違う何かで繋がっている関係。
「香織ならわかると思うけど、恋愛というよりは友達かな。今のところ。ちょっとだけお前といる時に似てる。」
「・・そっか。いいね。・・けど、少しだけ嫉妬するな。」
「・・お前のその悪い癖、直せよ。あいつとなんかあったか?」

 俺はいつも一番にはなれない。香織と会って緊張しない空気に戻ってきたからか、心の中でドロドロとしたものがゆっくり頭を上げる。俺の悪い癖だとは思っている。けど、考え事をするとどうしても、自分の情けなさが目について嫌になる。一度だって、何に関しても、一番になれたことがない。選ばれたことがない。友達は多いと思う。良い奴らに囲まれて今まできたし、楽しく過ごしてきたけど、どこか自分に自信が持てない。苦手な勉強は当たり前にしても、小さい時からやってきた野球でも、ずっと一緒にいた香織との恋愛でも、ついに選ばれることはなかった。
 みんなが簡単にできることが、俺は何故かできない。逆にみんなが立ち止まるところで、気づかずに突っ走ってやってしまう。昔からよく怒られてきた。「良い奴」「優しい」そればかり言われるけど、本当によくわからない。ピンとこない。「優しい良い奴」なんて貧乏くじだ。

「今年も惜しかったね。」
 そう言われて、ハッとする。先ほどまでニヤニヤしていた口元が、今度はキュッと結ばれている。野球の話だ。母校は今年も県大会ベスト4で夏を終えた。今年こそ甲子園へとまわりの期待も大きかったので、俺も試合結果を聞いて、仲のよかった後輩たちへ労いの連絡を送った。
 家まで送ってもらってお礼を言う。どうせ夏休みは地元にずっといる予定だ。野球部の仲間も帰ってきてる奴が多い。やっぱり地元はいい。大学生活は楽しいと思っていたけど、気楽なのはやっぱり地元だと、玄関の戸を開けながら思う。懐かしい蚊取り線香の匂いが、いつもの夏の始まりを告げる。


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