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連載小説【ミックスナッツ】 | Ep.3 噂

 「あの派手なみさきって子、パパ活してるんだって。ヤバいよね~。」
 「ねえ、噂で聞いたよ。みんな言ってるよ。どうなの?」って言ってきた友達がいた。わざわざ本人に聞くヤツの気がしれない。ナンセンスだと思うし、本当のことなど話すと思うのだろうか。訂正させてほしい。この子は友達ではない。
 地元までは飛行機と電車を何本も乗り継がないといけないくらい離れた都会の大学に入学した。高校は地元では有名な進学校で、勉強漬けの毎日だった。本当は勉強など好きじゃなかったけど、地元から遠く離れるために頑張って、やっと都会に出てこれたのだ。ファッションやコスメが好きだったけど、地元の周りの子たちは、流行に全く興味のないダサい子たちばかり。
 大学に入学して、大学も街も周りの子たちも、すごくキラキラして見えた。雑誌に載っているお店が、手の届くところにあることが嬉しかった。高校卒業までお年玉をコツコツ貯めてきた貯金はすぐになくなり、飲食チェーン店のアルバイトを始めた。地元の高校はアルバイト禁止だったから、アルバイトを始めることにも憧れがあった。
 私は抜群に愛想がいい。別に考えなくてもスラスラと会話が出てくるし、男性が喜ぶ言葉やファッションはずっと雑誌で研究してきた。大丈夫。きっと私はすぐにかっこいい彼氏ができるし、都会でもやっていける。
けれど、順風満帆だと思っていたのに、噂が広まって以降、気づくと一人で講義を受けることが普通になっていた。

 女子のグループはめんどくさい。今、大学で改めて痛感している。
 地元は田舎で、中学校までは同級生全員の家を知っているくらい子供の数が少なかった。小さい頃から一緒に育ってきたから、別にいじめられることもなければ、中学校で彼氏ができた時も全員知っていた。高校で初めて女子だけのグループに属した時にめんどくささを知った。かっこいいクラスメイトと仲良くなれば、イヤミを言われ、塾の先生の話をすれば噂された。進学校だったこともあるのか、成績が良いことも、有ること無いことを言われた。
 大教室の真ん中あたりで授業を受けながら、4月からのことを思い返していると、大学生にもなって。と思わずため息が出た。新歓は声をかけてくれたサークルにはほとんど顔を出したが、決定打がないまま、月に1回だけ開催されるイベントサークルに所属している。かっこいい先輩はいたが、いまいち積極的にもなれなかった。
 6月中旬にもなると、学部内でのグループはほとんど固まり、講義に出るメンバーも決まり、さらに言えば、着席する場所もほとんど決まっている。高校と一緒。つまんない。これが憧れてたキャンパスライフなのかとまたため息がでた。
 「成瀬、助けてくれ。」
 必死な大声が教室中に響いて、一瞬でざわめきが止まる。声の中心では、入学式からずっと悪目立ちしている金髪が、学部一の美女に話しかけていた。止まっていたざわざわは、すぐにまた再開される。バタバタと教室を出ていく2人に視線を流しながらいると、また噂好きな女子が、まるでいつも話しているかのように話しかけてきた。
 「あの二人って実は付き合ってるのかな。」
 あなたのことは友達と思ってませんよ。と心で呟きながら、興味がありそうに返答して、世間話だけして教室をあとにした。
 駅に向かう。わざわざ、大学から数駅離れた大きな駅から自転車で少し離れたところに下宿先を借りた。下宿の最寄駅の周辺はお店も多くて、百貨店もある。家の周辺は閑静な住宅街だし、初めての一人暮らしは気楽なことが多い。一度帰ってアルバイトに行かないと。


 今も、朝と夜に5キロずつ走っている。考え事をしながら走れば、モヤモヤとしていた問題の答えがスッと出てきたりする。苦しかった中学時代に染みついた毎日のルーティン。
 高校時代は野球部だった。エースではなかったが、それなりに起用されるピッチャーだった。別に球が速かったわけではなくて、左利きのアドバンテージを持っていたから、小学生の頃から気づけばピッチャーになっていた。左投げ左打ちで、ガタイもいいので、いつも最初は期待された。
 けど、しばらくするとみんな何も言わなくなる。知っている。俺はずっと本番に弱くて、ここ一番の大事な時に必ずミスをする。必ずだ。ほとんどイップスに近い状態だった。練習でどれだけ調子が良くても、むしろ良ければ良いほど、プレッシャーが強くなって、しょうもないミスをする。

 成瀬のおかげで、物理基礎の小テストはなんとかなった。ずっと、「お箸を持つ方が右」の呪縛があった。教わる時には、基本的に右が中心で教えられてきたし、左は「じゃない方」「反対の方」扱いで、野球では重宝されても、勉強では苦労した。
 成瀬の言葉はストンと頭に入ってきた。いつも、どこから見ての右なのか分からなかった。ピッチャーマウンドから相方のグローブを構えている姿が出てくると、俺から見てなのか、相方から見てなのか、はたまた観客の誰かから見てなのか、パニックになって分からない。指定がなければ、俺から見ての左右でいいとハッキリ口にしてくれた人などいなかった。正直フツウが分からない。ずっと母親とかコーチ、先生達から、「それぐらい”フツウ”わかるだろ。」「なんで分からないのか分からない。」と言われ続けてきたし、これまでの彼女達からも何度も怒られてきた。フツウになりたい。けど、そのフツウを押しつけられた時に、なぜか素直に謝るのにはモヤモヤしてしまう。

 折り返しを走りながら、いつものラーメン屋の前を通る。いつも勉強を教えてくれる成瀬に何かお礼をしたいな。と思いながら、全く成瀬のことを知らないことに気がついて、そのまま足が止まる。
 成瀬は、とても親切だ。さりげなく俺の右側を歩いたり、お箸を左手に向けて渡してくれたりする。本人は気にした様子もないが、今まで少し気にしていたところをすんなり気づいてくれることに驚いてしまう。
 あと多分、成瀬はかなり顔が綺麗な方なのだと思う。学部の男子たちがヒソヒソしてたのはきっと俺が成瀬の隣にいるのが相応しくないと思っているのだろう。成瀬は、相変わらずいつも表情が薄いけど、最近は一緒にいることが多いからか少し表情が出てきた。愛想が良ければ、一般的に大勢からモテる顔をしているのは色恋沙汰に鈍い俺でもわかる。でも、俺からすると愛想のいい成瀬は、成瀬じゃないとも思える。愛想はないものの、自分とは会話してくれる。心のどこかで、誰よりも成瀬を知っているということに優越感を持っている。
 えっ?優越感?
驚いてまた立ち止まってしまう。後ろから来た自転車が通りすぎていく。汗が流れる。6月の最終日。明日は雨だから走れない。頭を抱え、伸びた髪を掴みながら前にゆっくり進む。
 ユウエツカン?ってなんだっけ。別に成瀬は友達だから、一緒にいてフツウじゃないか。

 ・・・フツウってなんだ?


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