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連載小説【ミックスナッツ】|EP.9 ゆらぎ

 少しだけ。本当に少しだけ、私たちは別々に大学の時間を過ごすようになった。別に約束をしているわけでもなければ、別に付き合っているわけでもない。といっても、平日は毎日同じ講義を一緒に受けるわけで、毎日会っている。
 本当に少しだけ、N原の口から大学の友達の名前が出るようになった。秋になって始めた塾のアルバイト仲間で、釣りにもよく一緒に行くらしい。
 
 「ねえ。今の時期の釣りってすごい寒いんじゃないの。夜中でしょ。」
 あ。いらない事言ったかな。少しだけ不安になる。別に私が誘われているわけじゃないから別にいらない質問だったなと心の中で自己解決したものの、口から言葉はすでに出ているわけで、左側を歩くN原を見上げる。
 「ん。寒いけど、地元の方が寒いで、まだ大丈夫かな。」
 「そんなもん?」
 「今週末、きてみる?」
 「うん。」

 「えっ。デートじゃないの、それ。」
 相変わらず可愛らしいみさきの声が、カフェ全体に通る。みさきは女の子らしい見た目なのに、冷静でサバサバしていて、意外と楽に一緒にいられる。たまたま実習系の講義で隣の席だっただけだが、気さくに話しかけてくれた。自分から話せないからありがたい。
 「ん。違うんじゃない。」
 「でも、夜に会ってドライブするんでしょ。デートって言わない?」
 みさきは女の子らしい会話が好きで、いつも誰々がカッコいいとか、ファッションの話をキラキラしながら話している。あまり共感はしないけど、そんなみさきが可愛いなって思いながら、いつも耳を傾けている。
 「成瀬ちゃんはさ、本当に中原くんと付き合ってると思ってた。」
 「それ、何度目よ。」
 毎回の流れに少し笑いながら返して、課題を広げる。数字の書く微妙な角度すら決まっている製図。デジタル化が進む中でも、意外にも、専門科目は板書が当たり前の授業が多い。来年からは専門的なソフトを使っての授業になるらしいが、基礎は半年間手書きの課題を出すと聞いている。
 「でもさ、髪切ってから中原くん人気だよね。」
 頭の中に、はてなが複数浮かぶ。人気という文字が浮かんでは、意味を理解できず固まってしまう私の横で、みさきは続ける。
 「髪型って大事だよねって、マキちゃんたちの周りで言わ・・・」


 先日のみさきとの会話を思い出しながら、ぼーっと目の前のデカいキツネの顔を見ながら考える。
 果たして私はこのキツネのことが好きなのか。確かに好きか嫌いかの選択肢なら、圧倒的に好きな方。きっと友達としては好きだ。安心できる。異性としては・・・いや、同性でも恋愛はあり得るし。いや、同性はあり得ないのか。けど美咲さんは・・・

 目の前で眉を大きく下げたキツネが手を振っている。
 「あっ、ごめん。聞いてなかった。」
 「いや、体調悪いなら、無理に今日じゃなくてもええよってはなし。大丈夫?」
 ・・・わかっている。このキツネはすごくいい奴。同じように少し下がってしまっている自分の眉を意識して、急いで戻した。
 「大丈夫。とりあえず、用意したら中原の家の最寄りで待ってる。」
 「ありがとう。身体冷やさん服だけ着てきてくれたら、あとは用意しとくから。」
 そんな会話だけして、N原は講義室を足早に出て行った。その姿を目で追って、次の講義室に一人で移動する。一週間の中で唯一、帰宅時間が異なる金曜日。興味本位で選んだ教養科目がつまらなく感じる。頭のどこかで、これさえなければ一緒に帰れるのにという考えが頭を掠めてしまう。

 この感情をなんというのか、わからなかった。
 条件で恋をするのなら、きっとこんな人を選べば幸せになれるのかもしれないと心から思う。ただ、恋愛というにはフランクで距離が近すぎた。恋愛がわからないと思いながらも、この距離感を壊すことが怖いだけ。
 N原を恋愛対象として言われるほど、美咲さんが頭を掠める。定期的に会ってしまうからこそ、意識せずにはいられない。この間も・・・


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