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連載小説【ミックスナッツ】 |Ep.1 春

「やっぱりこの髪色はダメだったかな。」
新しく一式揃えた新品のスーツに似つかわしくない短い金髪を、周りはどう思っているだろう。もしかして、すごく浮いているのではないかという不安が頭を占めたまま、入学式も新入生ガイダンスも終わってしまった。当然とも言えるが、友達どころか誰とも話すこともなく、知り合いもできなかった。
 周りを見ると、以前から知り合いなのか集まって楽しそうに話す者たちや、隣の席の者と、ぎこちないながらも笑顔で話をする者もいる。ハッと視線を隣によこすと、可愛げは一切ないものの、ばっさりと切られたショートヘアで綺麗な顔の女と目が合った。

 N原と名乗る男は、少し焦ったように声をかけてきた。新入生ガイダンスで学籍番号順に座らされた時に隣に座っていただけなのに、いきなり声をかけてきたことに内心眉をひそめたが、無表情がスタンダードの私の表面には表れなかったようだ。
「なに?」
「俺、N原。よろしく。」
 何がよろしくなのか。次はさすがに怪訝な表情が露骨だったようで、目の前の男はまた焦って早口で話し始める。明らかに関西ではないイントネーション。見た目はずっと目立っていた金髪に、細い吊り目がイカついが、一人で焦ったように弁解する姿を見ていたら、オドオドしているキツネを眺めている気分になった。
 話をまとめると、目の前のN原は岐阜から関西に出てきたので知り合いが誰もおらず、履修登録の方法がわからない。誰も話してくれなくて、思わず隣の席の私に声をかけた。ということらしい。
「なんで・・なんで私なん。他にも男子とかおるやん。」
 別に話しかけられて嫌だったわけではなく、純粋な疑問だったのだが、この言い方はキツく聞こえたようで、目の前の金髪は目に見えて小さくなっていく。
「別にいいけど、とりあえず移動しよ。」
 安心したキツネの背が伸びる。あぁ、やってしまった。教室は人も少なくなり、今日知り合ったばかりのような女子のグループが残っているだけだった。きっとすぐ連絡先を交換して、ランチにでもいくんだろう。自分がその可愛い子たちと一緒にワイワイしている想像ができない。どちらかというと、目の前でシュンとしたキツネと一緒にいる方が、自分の中でしっくりときた。とりあえず、早く場所を移したかった。

 入学式は朝から始まったのだが、ガイダンスが終わった頃にはお昼ご飯の時間をとっくに過ぎていた。姉から噂に聞いていた通り、教室を出ると人で溢れていた。色んなユニフォームを着た人たちが、数人のグループになってスーツの獲物を捉えていた。「新歓」と謳い、たくさんの部活とサークルの勧誘が公然と行われるのが慣習。出てくる新入生を待っていたのか、背の高いチャラそうな男性に声をかけられて、思わず眉間に皺がよった。
「大丈夫です。」と何も聞かずに無表情でチラシだけ貰って、ズンズンと正門を目指す。他の新入生と違わずスーツを着ている私を目掛けて、次から次へと声がかかる。人見知りにはつらく、辟易としていたところで、さっきお昼を約束してしまったデカいキツネの存在を思い出す。こんな時には、スッと群衆の上に飛び抜けた金髪は見つけやすい。
「きみ、手が大きいね。何かスポーツしてた?」
 近くに迎えにいくと、N原はブレザーのような制服を着た女性と手の大きさ比べをさせられながら、キツネの顔がどんどん固くなっていく。こちらには気づいていない様子だが、先ほどの私の時と同じように焦っているのか、ソワソワしているキツネに見える。
 
「でら助かったで。ありがとう。」
 大学を出て近くのファミレスに入るなり、脱力した様子で話す。「この男は、本当に私と同い年なんやろか。一般的に男性の方が精神年齢は低いと言われるけど、こんなに・・・」と、ここまで考えて、今まで同世代の男子とこんな風に会話をする機会がなかったなと、メニューを選ぶ手が止まる。チラッと前の席に座る金髪に目をやると、キラキラした頭はガッツリお肉のメニューを見ながら悩んでいる。ため息は飲み込んでおいた。
 ご飯を食べながら、履修登録の紙の説明を読み、結局ほとんど同じ授業を取ることになった。そもそも理系の学部は必修科目が多い。好きにとれる科目など少ない。来週末までに自分でパソコンで登録しないといけないが、登録前にそれぞれの授業でガイダンスを受ける必要がある。来週には授業が始まる。楽しみのような、憂鬱なような気分だ。今日はバイトはないが、オーナーにシフトの相談に行かなないとと、選択した講義の説明内容にざっと目を通してながら考えていると、声がかかる。
「今日はありがとう。成瀬。」
 どうやら、このキツネは私の名前を知っていたらしい。まあ、席順に書いているからなと驚かずに済んだ。私も知っている。中原とはそのまま正門で別れた。


「みさきちゃんは、どこ出身~?」
 目の前に座っているテニスサークルの女性の先輩が声をかけてくる。明るいミルクベージュの髪色にふわふわしたパーマ、春色ネイルとブランドバッグ。都会の女子大生のイメージがそのまま目の前に座っているので、思わず見惚れてしまっていた。視線を感じたのか、可愛らしい声と話し方で問いかけてくる先輩に出身地を答えたが、隣から聞こえてきた大きな声に話題を持っていかれてしまった。
 先輩たちが奢ってくれるというので、キャンパス内のカフェでランチを食べながらサークルの説明を受けた。別にテニスに興味はなかったけど、ひとりの家に帰っても暇で携帯ゲームをするだけ。それに、テストは学部の先輩がいた方が過去問を回してもらえるよと有益な情報を教えてもらった。学部の直接の先輩はいないと聞いたし、このサークルはなし。可愛い先輩のおすすめのアパレルを聞いて、笑顔で学校をあとにした。
 理系に進学してしまったのは、たまたま数学が出来たからだ。高校1年生の時から通い出した個別指導塾の先生が好きだったから頑張ったら、得意になってたっていうパターン。別に勉強は苦手じゃないけど、頑張るつもりもない。私はこれから、楽しい都会ライフを送りたい。かっこいい年上の彼氏を作って、いっぱい旅行に行って、なんだったら一緒に住みたい。ずっと一緒にいたい。そのために高校まで好きでもない勉強を頑張って、都会の大学に出てきたんだ。
 キャンパス内にかっこいい先輩たちは多いし、どこかのサークルに入ろう。そう内心では思いながら、その場で連絡先を交換して帰った。


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