2024年度 教養生物学(一般生物学)1 第2週第1限

 10月も第2週に入り、ノーベル賞の発表が始まりました。今年のノーベル生理学・医学賞に、アメリカ・マサチューセッツ大学のビクター・アンブロス教授と、ハーバード大学のゲイリー・ラブカン教授の2人が選ばれました。アンブロス教授らは「線虫」という小さな生き物が成長する際の遺伝子の活動を詳しく解析し、「マイクロRNA」という分子が遺伝子の働きを制御していることを突き止めました。下に挙げるのはNHKのサイトにある情報です。
 「マイクロRNA」が何かについての説明は後回しにします。

日本経済新聞の記事です。

それでは、第2週の講義に入ります。はじめは先週の復習です。

 太陽系で地球が生まれ(冷えて固まり)、わずか5億年後には最初の生物が誕生したと考えられています。
 地球の大気組成の変化には光合成細菌(とその後の植物)が非常に重要な役割を果たしました。大気中の酸素濃度変化のグラフを重ねてみると下の図のようになります(酸素濃度の縦軸は対数目盛なので注意)。対数目盛というのは水素イオン濃度の表し方でおなじみのpH(ピーエッチ、ドイツ語読みだとペーハー)のように、10倍になってひとメモリ上がります。25億年前くらいに急激に酸素が増えました。地球上でどんなことが起こったか分かりますか?

 古生代と中生代を分けたのは火山の大爆発によると考えられていますが、中生代の白亜紀末の恐竜絶滅の原因となったのは、先週紹介したように、直径10kmから15kmの巨大隕石がユカタン半島に衝突したことによるという説が現在最有力です。もし、隕石が陸地ではなく海面に落下していたら、その後の地球は全く異なった様相を見せていた可能性があるという分析です。

 現代は新たな地質年代として人新世じんしんせい、またはひとしんせい「Anthropocene」(アントロポセン))と呼ばれる年代に入っていると言う人もいて、人類の影響で生物の大絶滅が起こっています。また、人類が作り出した人工物の総重量がついに生物の作り出した物の総重量を超えたのではないかという見積もり結果も報告されています。

  下に示すのは地球の歴史を1年に例えたり、1ヶ月に例えたりした図になります。人類がいかに新参者であるかが分かります。

生物のサイズに関しては本川達雄さんの優れた本があります。

それでは復習を兼ねつつ今日の講義に入っていきます。英語版 LIFE: The Science of Biology 第11版の第1章にあたります。英語版の教科書では章ごとに何を学ぶかの明確なゴールが示されています。

1.1 生物とは何か

 はじめに「生物とは何か」についてです。生物の定義は下に挙げる3項目ですがさらに4項目めを加える場合もあります。細胞という言葉も出てきました。「細胞とは何か」についての説明は後でします。地球上の生物は多様ですが、共通の特徴と起源を持っていると考えられています。生物はどのような特徴を持っていて、非生物と区別することができるのでしょうか?

英語版ではもう少し詳しく書いてあります。

 「ウイルスは生物ではない」と先週述べましたが、その理由はウイルスは自分だけでは代謝などの生理機能を担えず、自己複製もできないからです。
 また、「すべての生物は細胞からなる」というのが細胞説ですが、

 すべての生物は細胞からできているというのは先週も触れました。細胞は細胞からしか作られません。それでは生物とは一体なんでしょう。人工的に生物を作ることは可能でしょうか?
 生物学ではしばしば,インビトロ(in vitro),インビボ (in vivo)という言葉を使いますがそれぞれ「試験管内で(生体外で)」と「生体内で」の意味です。生物を理解するために細胞を人工的に作り出す試みが続けられていますが、下にあげるのは2010年5月の朝日新聞の記事です。「ゲノム(全遺伝情報)」とは何かについてもまだ説明前ですが、最小サイズのゲノムを持つマイコプラズマという細菌をモデルにして、DNA断片を機械の中で化学合成し、環状(閉じたわっか状)に繋いで別の細菌のゲノムと入れ替えました。すると自己増殖させることができた、というものです(インビトロで合成したDNAをインビボに戻して機能することの確認ができた)。まだ、細胞全体を人工的に作り出すことはできていませんが、この研究からだけでもいろいろなことを考えることができます。

 いろいろな学術的な研究成果は科学雑誌に投稿され、審査の後、受理されると掲載されます。下に示すのはScienceという科学雑誌に掲載された元の論文です。2010年の329巻の第52号です。

 参考のためにいろいろな生物のゲノムサイズと遺伝子数の図を載せておきます。

 現在、地球上に生きているすべての生物はセントラルドグマと呼ばれる遺伝情報の流れに従っています。DNAに保存されている遺伝情報mRNA転写され、その情報を翻訳しアミノ酸がペプチド結合しタンパク質になります。細胞の中ではこのタンパク質がさまざまな機能を果たしています。DNAとか、RNA,タンパク質、アミノ酸などはそれ以前から細胞に含まれていることが発見されていましたが、1953年に結晶構造解析のデータからワトソンとクリックはDNAの相補的二重らせん構造を明らかにしました。これがDNAが遺伝情報の担い手であることの決定打となりました。核酸、アミノ酸、タンパク質がどういう物質かについては今日の第2限で学びます。

 タンパク質酵素としていろいろな化学反応の仲立ちをしたり、形を支える働きをしたりしています。
 一例として、下の図のようにお酒を飲んだ時に含まれているエタノールはアルコール脱水素酵素によってアセトアルデヒドに、アセトアルデヒドはアルデヒド脱水素酵素により酢酸になり、最終的には二酸化炭素と水に分解されます。アセトアルデヒドは毒性が強く、アルデヒド脱水素酵素のⅠ型(弱い酵素)しか持たない人は血中濃度が上昇し、顔面発赤(フラッシング:顔面紅潮)、動悸、頭痛、悪心、嘔吐などの神経毒性症状(自律神経刺激症状)が、現れます。
 アルコールパッチテスト
(アルコールを含んだ脱脂綿を肌にしばらく接触させ、赤くなるかどうかを見る)により自分がどちらのタイプであるかを知ることができます。4学期の教養生物学実験(分子生物学)でもPCRによりDNA断片の増幅を行い、アルデヒド脱水素酵素Ⅱ型の強い酵素の遺伝子を持っているかを調べる実験を行っています。

 日本人の40%の人は、ALDH2が、遺伝的に変異していて、ALDH2の活性が欠落した人(ALDH2のホモ接合型)と、ALDH2の活性が低下した人(ALDH2のヘテロ接合型)が、存在します。ざっくり言えば2人に1人は弱いタイプです。早いうち(今のうち)に自分がどちらのタイプか知っておくことは大変重要なことです。これからだんだんとお酒を飲む機会が出てくると思います。急性アルコール中毒にならないように注意しましょう。友達が強いタイプで自分が弱いタイプだったら....(逆に自分が強いタイプで友達が弱いタイプだったら...)。自分の父親も母親もお酒に強いから自分も強いとは限りません(単純な遺伝の問題ですが、なぜなのか分かるでしょうか?)。
 自分がアルコールに強いタイプか、弱いタイプか(どちらか分からないか)知っているかについては、今週の提出課題のその1(アンケート形式)です。

今から40年以上前の話になりますが、1976年にリチャード・ドーキンスは「利己的な遺伝子」という本を著しました。それまでの生命観としての「細胞が主人公である」的な見方に対し「遺伝子の目的は、自分のコピーを遺伝子プール内に増やすことで、細胞を操っている」(生物というのは遺伝子の乗り物に過ぎない)という考えを提唱し、一大センセーションを引きおこしました。細胞が自分の子孫を残そうとしているという考えに対し、遺伝子(DNA)が細胞を使って自分の子孫をたくさんつくらせようとしているという見方です。ウイルスもこの観点に立って考えてみると、、、。

 「いつ、どこで、どの様に」という生命の起源については未だに解明されていない大きな謎の一つです。宇宙での生命探索については、
[ScienceNews2015]地球外生命の可能性!? 土星の衛星・エンケラダスの海(2015年7月22日配信)という5分の動画を参考にしてください。

 地球上の生命は(およそ40億年前に)共通の祖先から生まれ多様な生物が生まれたとするのが一般的な考え方です。地球上に生命の起源があるとすると、その生命誕生の場所は海底火山の熱水噴出孔の近くとする説が有力です。生命の起源に関してはユーリーとミラーの有名な実験があります。
 「生命の起源と化学進化説」についてはまた、別の機会にお話しします。

 現在地球上に生存する生物の系統樹を表した図です。詳しくは来週に続きます。

生命の起源は宇宙から?

 有機物 Organic substance は「生物の体内でつくり出される物質」由来の名前ですが、宇宙の星間物質に多くの「有機物」が存在していることが明らかになってきています。3分弱の動画を見てください。

生物学の研究対象は?

 生物学が研究対象としているのは非常に広い範囲になります。次に、生命の階層性を示す図には、8つのクエスチョンマークがありますがミクロなものからマクロのものまで、それぞれ何を表わしているでしょうか?図の下の選択肢と対応付けてください。

 答え合わせです。「生物学」は細胞の中での分子、原子の働きから地球全体の生物圏までを研究対象とする学問です。といっても一人ですべてをカバーすることは到底無理です。

1.2 生物学の研究方法

 生物学の研究は1観察、2推測、3仮説、4予測、5検証実験というプロセスで行われます。

 英語版の第10版に載っていた Tyrone Hayes 博士の「農薬(除草剤)アトラジンと両生類の減少について」の研究例です。

1.3生物学を学ぶことはどのように社会とかかわっているか

 これに関しては3学期を通じて学んでいきましょう。農業、医療、国の政策決定など多岐にわたる分野に基礎的な知識を供給しています。

第1限の最後になりますが、英語版第10版の第1章のまとめをあげておきます。

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