自己紹介|はじめてのブログ①
2つ目の投稿を何にしようと考えていたけど、何も思いつかないね。
これが私なんです。計画性も何もない自分だからこそ、ブログってあっているのかな。思うがままに自分の価値観を書けるのがブログの良いところなのかも。合っているか知らないけど。
まあこんな感じにゆる~くやっていこうかな。
自己紹介①
まずは私がどんな人物なのか書いていくのが良いと思ったので、話していこうと思います。
でもどんなことを話したらいいのかわからないのが実際。笑
公開できる範囲でお話ししますね。
今現在、私は23歳です。早生まれなので24歳の代です。
岐阜県に住んでいます。とても田舎です。
それまでは5年間名古屋に住んでいました。
やっぱ都会って良いですね。数分あれば何でも買いに行けちゃうからね。
仕事はフリーランスでやっているというのが一番伝わりやすいのかな。
ヘルスコーチをやっています。だんだん増えてきていますよね。とても嬉しいことです。
まあざっと今の自分についてです。
全然わからないですよね。笑
もっと細かく話してみようかな。
自己紹介② ー 出生~小学生 ー
幼い頃の記憶はあまりないので覚えている範囲でお話しします。
2001年、3人兄弟の末っ子として誕生しました。7個上の姉と5個上の兄がいます。
保育園入るまでの記憶は一切ないのでお話しできません。すみません。
皆さんは覚えていますか?
保育園に通ってた時の記憶も全然ないけど、お昼寝の時間が嫌いだったのは覚えている。一回もちゃんと寝た記憶がない。毎回寝たふりしてたな。
年長の記憶は意外と覚えているかも。夏の肝試しとか
小学生の記憶は意外とあるし、しょうもないことだったりするから割愛させてもらいます。でも毎日兄と喧嘩していたことでほとんど埋め尽くされているかも…笑
いつも私が負け泣くという流れ。お母さんに泣きつくと「ちょっかいかけるからや」とか「喧嘩するなら一緒におるな」なんて言われることがほとんど。だから私はいつも父に泣きついていたな。何も言ってこなかったし、なぜか安心してた。お父さん大好きだったしね。今も好きだけど。
あとは学校から帰れば、すぐ遊びに行くって感じだったかな。夜6時になれば町内で放送が鳴るから、鳴ったら家に帰るっていう毎日だった。やんちゃで活発な子っていうイメージが合っているかな。一つだけ鮮明に覚えていることがある。近くに道の駅があるんだけどそこには親と一緒じゃないと行ってはいけないという謎のルールね。今じゃ笑える話。それで2回怒られたことを覚えている。一回は家に帰ってきてから、父に怒られて、2回目はその道の駅で母と遭遇してしまい怒られたこと。
日常で怒ることとか全然ない家庭だったけど、それだけはめちゃめちゃ叱られたよね。
でももし自分も親の立場だったら同じこと言っているかも。
楽しかったことでいえば、運動会の日と町内の夏祭りかな。運動会の内容の話をするときりがないので割愛します。運動会が終われば夕方にほんとにこじんまりした神社?みたいなところでお参りをするとお菓子がもらえる行事があったから行っていたこと、夜は近所の子たちでBBQをしていたことが楽しかった思い出かな。夜遅くに学校とか近くを歩いて肝試し的なこともして楽しんでいたな。夏祭りは準備から行ったりなんかしてさ楽しかったなって。あの頃に戻りたいとも思う。
ほんと一部にすぎないけど、ある意味世間を知らないから毎日が楽しかったな。あれやれこれやれって言われることもなかったしね。
小学生までの話はここらへんにしよう。
自己紹介③ ー 中学生~高校生 ー
中学生にあがると田舎だったから2つの小学校が一緒になるんだけどそれでも1クラスしかない人数が少ない学校だった。
自分の学年は男女比率が2(男):1(女)だったけど女子の方が圧倒的に強かった。
中学校ではいろんな問題事が起きていたな。ドアのガラスを割るわ、仲間外れみたいなことするわなんて。ほんと子どもだなって思う。
でも結局中学校時代に仲良かったメンバーが今でもご飯食べに行ったり定期的に集まる仲なんだよな。
中学生になれば部活に入らないといけないルールだったけど、数も少なかったからほぼ親が決めたって感じだったな。
平日の練習はやれることが限られていたからあまり楽しくなかったけど、土日は楽しかったな。なんだかんだ言って。
このときからなのかも。スポーツはすごい好きだけど、趣味程度が一番良いということを。試合とかガチのはあんま好きじゃない。だから高校では同じ部活をやるのは辞めたんだよね。
中学時代の恋愛はどうだろう。1年生の時は一途で終わってしまったけど、2年生3年生の時は付き合ったりもしたな。長くは続いていないけどね。大した青春は送っていないなと振り返る。だから話すようなこともないのが残念。悲しい…。
次は高校生の頃の話をしようかな。
私立の高校に行ったんだけど、理由は受験勉強をしたくなかったから。馬鹿げてるよね。
高校の時の記憶って部活がほとんど。部活が青春だった。全国大会も毎年出る強豪校だったから、毎日遅くまで練習して部活が主の3年間だった。めちゃきついし、辞めたいって何回思ったことか。でもなんだかんだ楽しかったし、いろんな経験もできた。
キャプテンやったことが一番でかかったかも。ぶっちゃけ仕事全然してなかったけど、みんなから好かれてた自覚はある。笑
このときに学んだことでいえば、自分が楽しまなかったら人を楽しませることもできないということ。だから私はとにかく楽しむことしか考えていなかった。みんなが楽しいと思うことはなんなのか?練習中でもいい雰囲気になるように自分が笑かしたりとか雰囲気作りはとにかくこだわった。
鮮明に覚えていることでいえば、3年生の全国大会出場をかけた大会とそれまでのことかな。負ければ11年連続全国大会出場という記録を途絶えさせる。自分はキャプテン。人一倍プレッシャーを感じていた。大会の数日前なのにこのままだと落ちると何回言われたか。悔しくて泣いたこともあった。
結果は全国大会出場することができたが、閉会式での発表時のことは今でも忘れない。笑みがこぼれた。その一部始終を顧問に見られていたけど。笑
全国大会では良い結果を残せなくてすごく悔しくて、親や部員のみんな応援してくれていた方にはすごく申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、後悔は全くしていなかった。すべてやりきったから。
ちょっと特殊で部活は2月まで続いていたので、私の部活人生はまだ終わりではなかった。だから最後ぐらいは笑顔で終わりたかった。悔し涙でもうれし涙で終わりたくなかった。とにかくどう思われようが自分が楽しかったで終われれば良いと思っていて、結果自分も楽しく終われたし、みんなも楽しいで終われたからよかったのかな。見ている人も楽しませることができたと思うしね。
高校は部活の話で終わっちゃったな。でもそんな部活に入ったことで今の自分があると思うし、いいか。
最後は大学生時代から今の自分を話そうかな。
自己紹介④ ー 大学生 ー
大学は4年制大学でスポーツ科。スポーツしか興味なかったのとざっくりスポーツ系の仕事に就きたかったから選んだ。
大学生に入って自分を解放できたなって思う。一人暮らしを始めたから縛られることもなくなったからね。これまでもすきなことやりたいことをやらせてもらっていたけど、心の底からやりたいことをやれるようになったっていう感じ。
大学生の時はいつも自分含め5人で一緒にいたなっていう感じだったな。あとは部活が一緒だった子。その子たちは今も一緒に遊んだりご飯食べに行ったりするしね。
1年生の時は授業、バイトしか記憶にない。特別なんかあったわけでもないし。つまらなかった。
でもちょうど2年生の時にコロナが流行り始めた時だったから、大学の半分くらい制限されていたなって思う。でもそれをきっかけにいろんなこと考えることができたな。ビジネスとかこれからのこととか。いろんなことに触れ始めたのがちょうどその時期だった。アパレル始めたのもその時期だった。
自分を見つめ直せたと思っている。生活からね。ある意味ダイエット成功した感じ。特に何もしていなかったけど。
一番つらかったのは人に会えなかったということ。授業もオンライン、バイトも休業、一人暮らしで近くに友達もいなかった。そんな時に救われたのが、フットサルだった。これをきっかけにある友達と仲良くなれ、フットサルを通じていろんな人とつながりを持てるようになった。
3年生になって大きく生活が変わったことはフットサルを行う頻度が多くなったことかな。毎週のようにやっていた。ある時期なんて毎日のようにやっていた。でも怪我をきっかけに人生を変えることができたなって思う。これからの人生を考えるきっかけも持てたからだ。就職のことを考えるようになって自分が何をしたいのか、今まで漠然としか考えていなかったことが、はっきりとこれがしたいと思えるようになった。それが今の仕事に繋がっている。でも当時の自分はフリーでやる勇気は全くなかったから、一旦は就職すると決めていた。それが前職の仕事。
4年生になって生活はほとんど変わらず卒業して晴れて社会人になった。
長くなりそうなので一旦これで終わろうかな。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
続きは次の投稿で話そうかなと思います。