雨の日に/この夜だけは
肌にまとわりつくシャツにじっとりとした汗を感じながら、あるいは底冷えする身体の寒さをこらえ身を擦りながら、夜を歩く。静かな路地に声が響く。飲みすぎた酒による胃の不快感はこれからもっと強くなるだろう。だからそれを忘れるくらいに話をしたい。音楽を垂れ流しながら馬鹿笑いをしたい。ささやかな乾杯のグラスの音を聞きたい。この夜を失いたくはない。
いつだって、友人たちと話しながら飲むのは楽しい。僕はひとりではほとんど飲まない。飲むときはよっぽどどうしようもないときだ。
心がからっぽになるほどの孤独を感じながら死ぬほど憂鬱な帰り道を、ようやく部屋にたどり着き、やってらんねぇよと酒をかっくらう。それは楽しくはない。酒の酔いで瞬間楽しくはなっても、その後には何倍もの後悔と寂しさが押し寄せる。自分で選んだわけではない孤独に肯定的なことはなにひとつない。
そんなとき、労働の日々を思い出す。重たい頭を思い出す。なにも言い返せず黙りこんだ日を思い出す。雨の日の帰り道を思い出す。これからも思い出し続けるだろう。そんなに強くはないのだから。だが、それを街中で叫んでも誰も聞いてはくれない。私はこんなに弱いんですと紹介しても、誰にも届きはしない。そんなものは、至るところに転がって吹きさらしの風に震えて死にかけている。自虐も他虐もいらない。
雨の日。僕は雨が嫌いだ。ほとんどいい思い出はない。傘は人との距離を作り、足止めをくらい、あるいは部屋から抜け出せずに膝を抱えている。
雨は降る、街にそして心に。そう歌った人がいる。降ってしまった雨に情けなくなったり憤ったりしても、どうしようもない。
雨は降る。いつの日か降る。降られて泣いたところで打ち倒す敵などいない。苛立って傘を壊そうが壁を殴ろうが人に当たろうが、やってくるのは後悔だけだ。
叫ぼうが喚こうが、鬱屈した嘆きなど赤ん坊を抱いた母親には敵いはしないんだ。路上で声をあげ続ける人々には敵いはしないんだ。くだらないタグ付けに左右されず生の声を聞き話す人たちには敵いはしない、畑を耕し続ける人には敵いはしないんだ。
誰か肯定してくれ、誰か私を見つけてくれ。街にもネット上にも、虚勢と自虐と嘲笑にまみれたそんな嘆きが臭い息と一緒にあふれかえっている。
だから人の不幸にカメラを構える、戦っている人々を鼻で笑う。線路に飛び込むと書き連ねる、手首を切ってそれを見せつける。病む街で病んでいることを慰めにする。雨が永久に降り続けている。
何が言いたい? これは自己責任なんて話ではないんだ。そうじゃない。雨に降られたとき、それをわずかでも防いでくれる庇があるならそこに入ってくれと言いたいんだ。君のすぐ近くに少しでも心が軽くなる誰かがいるならそれに気づいてほしいんだ、どうしようもないとき電話のできる、顔や名前や声を知っている誰かに気づいてほしいんだ。そして君に余裕があるのなら、雨に打たれている誰かに寄り添ってほしいと言いたいんだ。
おい、そこにいる奴ら。くっせーとか言って鼻で笑っている奴ら、無駄なことよくやるわと戦う人を指差し恋人に同調を求めている奴ら、聞こえないふりをして突っ伏して寝たふりをしている奴ら、涙を流している奴ら。今日も鳴らない通知を開くのか、ため息をつきながら知りもしない誰かに批評を加えるのか。
何が言いたい? 僕は速度だけを求める世界で死にたくはないんだ。斜に構えていたくはないんだ。自分に関係のない世界と決めつけたくはないんだ。雨の降りしきる街でカビの生えた布団にくるまっていたくはないんだ。どれもこれも、そこで考え続けるのは全部終わった話だ。
動かなければ、これからの話はできない。ペンを持たなければ、マイクを握らなければ、外に出なければ、冷笑と無関心の世界からは抜け出せないんだ。止まない雨はないが、止む前に死んでしまっては意味がない。すさまじい速度の生存競争に放りこまれて、何も考えなくなる猿にはなりたくない。ただそれだけなんだ。
おい、大切な人たち。仲間たち。家族たち。兄弟たち。また会ってくれ。しばらく会えていないから、少しずつ、たくさんの話をさせてくれ。酒を飲み、笑い、意味なんてない大事な夜をまた一緒に過ごしてくれ。なんとか生きてるって言わせてくれ、あなたたちが今日も生きていることを確かめさせてくれ、そして幸せだと言わせてくれ。
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