見出し画像

事前の議決権行使と当日出席の関係 ~関西スーパー事件を題材に④

関西スーパー事件の大阪高裁の決定文を素材として、株主総会での議決権行使をめぐる問題を考察しようというシリーズです。前回までの記事は、以下です。

・第1回 株主総会「出席」か「傍聴」か?
・第2回 職務代行通知書って何?
・第3回 株主総会における投票
※一連の決定文は、資料版商事法務2022年1月号をご参照ください。

今回は、事前の議決権行使と当日出席の関係について、取り上げます。議決権の重複行使については会社法施行規則63条3号、4号にも法文上の規定もあるところですが、本件のように、当日出席して議決権を行使した場合については明確な規定がないところかと思います。

1. 本件招集通知上の記載

また,抗告人(※注:会社)は,招集にあたり,委任状による議決権行使と議決権行使書又はインターネット等による議決権行使が重複してなされた場合は,委任状による議決権行使が有効なものとして取り扱われる旨,議決権行使書とインターネット等による議決権行使が重複してなされた場合は,インターネット等による議決権行使の内容が有効なものとして取り扱われる旨,インターネット等により複数回議決権を行使した場合は最終のものが有効な議決権行使と取り扱われる旨を定め,その旨を本件招集通知に記載した。

大阪高裁決定文4頁

議決権行使書とインターネット等による議決権行使が重複した場合については、招集通知にも記載があります。具体的には以下の(4)の部分です。

本件招集通知2頁

議決権行使書は現物の紙なので、郵送してしまえば手元になくなるので、重複行使をすることができません(書面による議決権行使、会社法298条1項3号)。これに対し、インターネットによる議決権行使(電子投票による議決権行使、会社法298条1項4号)は、システム上何度でもやり直しができることとされているのが通常です。よって、重複行使された場合の取扱いについて、あらかじめ定めておく必要があります。

また、一旦、議決権行使書を提出した後に、やはり賛否の意見を変えよう等と思い、インターネットによる議決権行使を行うという株主もいると思いますので、書面による議決権行使と、インターネットによる議決権行使のいずれが優先するかについても、明確にしておく必要があります。よって、これらは、招集通知に記載する必要があります(会社法施行規則63条4号など)。

もっとも、委任状による議決権行使との関係ではどうでしょうか。委任状は、あくまで当日出席する別の株主への権限の委任なので、当日出席という扱いになります。書面による議決権行使もインターネットによる議決権行使(電子投票)も、あくまで当日「出席しない株主」の議決権行使手段ですから、当日出席がある場合は、当日出席が優先すると考えることになります。したがって、委任状による議決権行使と、インターネットによる議決権行使が重複した場合には、委任状による議決権行使が優先する、という取扱いをすることとし、その旨について、招集通知にも記載している点は参考になるかと思います。

2.当日出席の場合の事前の議決権行使の効力

上記1で想定しているのは、議決権行使書または委任状を提出しており、株主本人が当日出席しない場合の議決権行使の優先関係でした。

一方、事前に議決権行使を行ったにもかかわらず、理由はともあれ、株主本人が当日出席した場合はどのような扱いになるでしょうか。

まず、議決権行使書による事前の議決権行使は、あくまで当日総会に「出席しない株主」の便宜のため、書面によって議決権行使を認めるものです(会社法298条1項3号)。したがって、株主が当日出席した場合には、議決権行使書による事前の議決権行使は効力を失い、当日の議場での議決権行使が優先される、と解することになります。インターネットによる議決権行使も同様です。

次に、委任状による議決権行使ですが、委任状もあくまで株主本人が当日出席しない場合に備えて他の株主に権限を委任する、というものでした。にもかかわらず、株主本人が当日出席したのであれば、他の株主に権限を委任することとは矛盾しますから、委任は撤回されたと考えるのが自然ということになるかと思います。その場合、株主本人は、自分で議決権行使をすることになります。

本件でも、大阪高裁はその前提に立った判示をしています

本件総会で本件株主から議決権行使の権限を与えられていたBが,受付で,本件総会に傍聴ではなく出席することを明示し,投票用紙を含む株主出席票を受領した上で総会に出席し,実際に投票していることからすると,Bは,この投票行為により,委任状による事前の議決権行使を撤回したものとみざるを得ず,抗告人においてもそのように取り扱ったからこそ,Bからの申し出を受けた後も,本件株主の議決権行使を「事前議決権行使分」や「会社側委任状集計分」に含めず,「当日(会場)議決権行使集計分」として集計したものと認められる。

3.株主に対する説明状況

しかしながら、この点については、招集通知上には特に説明はありませんでしたし、当日の受付や議場内でも説明はなかったようです。

Bは,受付担当者から出席株主としての「株主出席票」を受け取り,会場建物の3階に設けられた本件総会の会場(議場)に入場した。その際,受付担当者から,Bに対し,本件総会に出席した場合は,議決権行使書による事前の議決権行使や委任状による代理権授与が無効ないし撤回されたものとして取り扱われるなどの説明はなかった。

大阪高裁決定文6頁

議長及び事務局担当者は,その際,事前に議決権行使書又はインターネット等による議決権行使をしていた株主や委任状を提出した株主であっても,本件総会に出席した場合は,議決権行使書による事前の議決権行使や委任状による代理権授与が無効ないし撤回されたものとして取り扱われ,改めて投票用紙に記入して議決権行使を行わなければならない旨の案内はしなかった。

大阪高裁決定文6頁

その結果、本件総会に出席した担当者であるBさんは、以下のように思いこんだと認定されています。なお、このような誤解の背景には、そもそも総会への「出席」か「傍聴」かによって、法的効果が異なる点への理解も十分ではなかったことがあると思われます(第1回の記事もご参照)。

Bは,投票用紙を提出する前に,複数回された「何も記入せずに提出すると棄権扱いになる」との上記アナウンスは聞いていたが,これまでの経験では,事前の議決権行使でほとんど賛否がある程度決まっており,議場で議決権を行使するという経験はなく,マークシート方式による投票も初めてであったことなどから,出席株主の議場での議決権行使の意味を十分認識しておらず,本件株主による事前の議決権行使が生きていて,さらに議場において自ら賛成の意思を示す投票をする必要はないと思い込んでいた。

大阪高裁決定文7頁

4.判断の分かれ目

以上のとおり、大阪高裁は、本件株主の事前の議決権行使は撤回されたものと認定をしていますので、その前提に立てば、本件株主の議決権行使は、Bさんによる総会当日の議場での投票に拠ることになるはずです。

本件では、ここから先が、判断の分かれ目になりました。

外形的事実としては、Bさんは「棄権」(白紙)で投票しているのですから、株主側の主張のように、本件株主の議決権行使としては「棄権」として取り扱うべき、というのが自然なようにも思いますが、大阪高裁はそこから例外を認めて、以下のように判示しました。少し長いですが、色々とエッセンスを含む部分なので、そのまま引用してみます(太字は筆者)。

しかしながら,本件のような投票用紙による投票の方法によって株主がその意思を正確に表明し得るためには,投票のルールが予め周知され,そのルールを理解していることが必要であり,本件のように多数の一般の個人や法人が株主として参加する株主総会においては特にそのことが妥当する。そして,株主において,投票のあるルールについての認識が不足し,又は誤解しているために,自らの意思を表明するに当たりいかなる投票行動をとるべきか的確に判断できない状況が生じた場合には,その意思が正確に投票用紙に反映されない事態が生じることとなるから,そのような場合にまで投票用紙のみによって株主の投票内容を判定することは,かえって株主の意思を議決に正確に反映させるという投票制度を採用した趣旨に悖ることとなる。もっとも,そのような場合でも,議決方法として投票用紙による投票を採用した以上,そのもう一つの趣旨,すなわち,恣意的な操作を排除し,予め定められたルールに則ることによって議決の公正を確保するという趣旨は極力確保されるべきものであるといえるが,誤認した投票のルールが予め周知も説明もされておらず,株主の誤認がやむを得ないといえる場合で,投票用紙以外の事情を考慮することにより,その誤認のために投票時の株主の意思が投票用紙のみによる判定と異なっていたことが明確に認められ,恣意的な取扱いとなるおそれがない場合であれば,例外的な取扱いを認めたとしても上記趣旨に係る議決の公正を害するとはいえない

大阪高裁決定文15頁

上記のように投票のルールの周知や説明がされておらず,そのために株主がこれを誤認したことがやむを得ないと認められる場合であって,投票用紙以外の事情をも考慮することにより,その誤認のために投票に込められた投票時の株主の意思が投票用紙と異なっていたことが明確に認められ,恣意的な取扱いとなるおそれがない場合には,株主総会の審議を適法かつ公正に行う職責を有するといえる議長において,これら投票用紙以外の事情をも考慮して認められるところにより株主の投票内容を把握することも許容されると解するのが相当であり,議決権行使によって表明される株主の賛否の意思を適切かつ正確に把握してこれを株主総会の議決に反映させるためには,むしろそうすることが求められているというべきである。

大阪高裁決定文16頁

つまり、投票する株主が、投票ルールについて十分な理解があるといえない場合に、誤認によって誤った投票を行ったときに、恣意的な取り扱いとなるおそれがないのであれば、例外的な取り扱いをしても良い、さらには、必要な場合には、投票用紙以外の事情も考慮して、「議決権行使によって表明される株主の賛否の意思を適切かつ正確に把握してこれを株主総会の議決に反映させる」ことが求められているとまで言い切りました。

その上で、事前の議決権行使と当日出席との関係については、以下のように判断して、(その他の事情も色々加えてのことですが)結論としては、会社側の主張を認め、神戸地裁の決定を覆すこととなりました。

投票による議決権行使の方法が採用された本件総会において,出席した抗告人の多数の個人・法人を含む株主が,上記のような場合に事前に提出した委任状による事前の議決権行使が撤回されることになると考えるに至るとは直ちにいい難く,そうすると本件総会において,事前に議決権を行使した株主が本件総会に出席した場合に,事前の議決権行使は撤回され,本件総会の議場で改めて意思表示をする必要があることについて,Bを含む出席株主共通の理解,認識となっていたと認めることはできない。

大阪高裁決定文18頁

もっとも、採決方法として投票を採用しつつ、投票用紙以外の事情を考慮することも許される、場合によってはそれが議長に求められる、ということになりますと、会社側として、どこまでが考慮可能な範囲か悩む、ということもあるように思いますし、論理が一貫しているのか、という疑問はあります。

多分に、本件特有の事情を前提とした、会社側を救済する判断というのが率直な感想です。

5.今後の実務への影響

投票が実施される場合に、「投票用紙以外の事情を考慮」するのはそもそも「投票」という概念と矛盾しているのではないかと思われますが、その原因は投票ルールを十分に説明していなかったために株主に誤認が生じたことにある、と指摘されているわけですから、今後は、投票が行われる場合、投票ルールを周知する、ということにはなろうかと思います。

端的に言えば、事前の議決権行使と当日「出席」との関係のルールの周知徹底ですが、当日出席の場合には事前の議決権行使は撤回となる、事前の議決権行使を優先させたい場合は、当日は傍聴扱いとなる、ということを明確化する、場合によっては招集通知にも記載する、ということになるかと思われます。

かなり実務的な話をしますと、これまで当日出席の場合の取扱いがあまり明示されていなかったのは、手続的動議の処理との関係もあるのかなとも推察しています。すなわち、仮に当日議場で手続的動議が提出された場合を想定すると、現在の一般的解釈では、事前の議決権行使(+傍聴)では、賛否を表示できないと考えられます。したがって、委任状による出席も含めて、当日出席の株主をある程度確保しておかないと、仮に敵対的株主が手続的動議(議長不信任動議など)を提出した場合、安定的に処理できないという懸念も生じることになります。一方で、委任状の提出については、代表印が必要になりますので、社内決裁の必要がありますし、委任状勧誘規制との関係も気になりますので、平時においては、積極的に委任状を集めるということはしないわけです。そこで、事前に議決権行使書を提出しているものの、当日は担当者が議場にやってきて傍聴しており、いざ動議が出た場合には、いやいや当日出席であるとして取り扱う、というニーズがあったのかなと想像しました(アドバネクス事件を参照しております)。

もっとも、事前に議決権行使書を提出して、担当者が傍聴もしているような状況で、手続的動議については参加できないというのも、会議法の原則からするとそうなのだとしても、本来、おかしいのではないかとも思います。

6.小括

以上、本件の核心部分に少し触れてみましたが、いかがでしたでしょうか。メールでも、Twitterでも、ご意見、ご感想などお寄せいただけますと嬉しく思います。

本件、残りの題材については、何かリクエストがあれば考えたいと思います。

筆者紹介

私の自己紹介については、以下のページにまとめておりますので、こちらをご参照ください。連絡先は、後記のとおりです。

Eメールでの連絡先:
info@sparkle.legal
事務所連絡先:
〒101-0063 東京都千代田区神田淡路町2-105 ワテラスアネックス1205 
スパークル法律事務所
TEL: 03-6260-7155

(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?