事前の議決権行使と当日出席の関係 ~関西スーパー事件を題材に④
関西スーパー事件の大阪高裁の決定文を素材として、株主総会での議決権行使をめぐる問題を考察しようというシリーズです。前回までの記事は、以下です。
今回は、事前の議決権行使と当日出席の関係について、取り上げます。議決権の重複行使については会社法施行規則63条3号、4号にも法文上の規定もあるところですが、本件のように、当日出席して議決権を行使した場合については明確な規定がないところかと思います。
1. 本件招集通知上の記載
議決権行使書とインターネット等による議決権行使が重複した場合については、招集通知にも記載があります。具体的には以下の(4)の部分です。
議決権行使書は現物の紙なので、郵送してしまえば手元になくなるので、重複行使をすることができません(書面による議決権行使、会社法298条1項3号)。これに対し、インターネットによる議決権行使(電子投票による議決権行使、会社法298条1項4号)は、システム上何度でもやり直しができることとされているのが通常です。よって、重複行使された場合の取扱いについて、あらかじめ定めておく必要があります。
また、一旦、議決権行使書を提出した後に、やはり賛否の意見を変えよう等と思い、インターネットによる議決権行使を行うという株主もいると思いますので、書面による議決権行使と、インターネットによる議決権行使のいずれが優先するかについても、明確にしておく必要があります。よって、これらは、招集通知に記載する必要があります(会社法施行規則63条4号など)。
もっとも、委任状による議決権行使との関係ではどうでしょうか。委任状は、あくまで当日出席する別の株主への権限の委任なので、当日出席という扱いになります。書面による議決権行使もインターネットによる議決権行使(電子投票)も、あくまで当日「出席しない株主」の議決権行使手段ですから、当日出席がある場合は、当日出席が優先すると考えることになります。したがって、委任状による議決権行使と、インターネットによる議決権行使が重複した場合には、委任状による議決権行使が優先する、という取扱いをすることとし、その旨について、招集通知にも記載している点は参考になるかと思います。
2.当日出席の場合の事前の議決権行使の効力
上記1で想定しているのは、議決権行使書または委任状を提出しており、株主本人が当日出席しない場合の議決権行使の優先関係でした。
一方、事前に議決権行使を行ったにもかかわらず、理由はともあれ、株主本人が当日出席した場合はどのような扱いになるでしょうか。
まず、議決権行使書による事前の議決権行使は、あくまで当日総会に「出席しない株主」の便宜のため、書面によって議決権行使を認めるものです(会社法298条1項3号)。したがって、株主が当日出席した場合には、議決権行使書による事前の議決権行使は効力を失い、当日の議場での議決権行使が優先される、と解することになります。インターネットによる議決権行使も同様です。
次に、委任状による議決権行使ですが、委任状もあくまで株主本人が当日出席しない場合に備えて他の株主に権限を委任する、というものでした。にもかかわらず、株主本人が当日出席したのであれば、他の株主に権限を委任することとは矛盾しますから、委任は撤回されたと考えるのが自然ということになるかと思います。その場合、株主本人は、自分で議決権行使をすることになります。
本件でも、大阪高裁はその前提に立った判示をしています
3.株主に対する説明状況
しかしながら、この点については、招集通知上には特に説明はありませんでしたし、当日の受付や議場内でも説明はなかったようです。
その結果、本件総会に出席した担当者であるBさんは、以下のように思いこんだと認定されています。なお、このような誤解の背景には、そもそも総会への「出席」か「傍聴」かによって、法的効果が異なる点への理解も十分ではなかったことがあると思われます(第1回の記事もご参照)。
4.判断の分かれ目
以上のとおり、大阪高裁は、本件株主の事前の議決権行使は撤回されたものと認定をしていますので、その前提に立てば、本件株主の議決権行使は、Bさんによる総会当日の議場での投票に拠ることになるはずです。
本件では、ここから先が、判断の分かれ目になりました。
外形的事実としては、Bさんは「棄権」(白紙)で投票しているのですから、株主側の主張のように、本件株主の議決権行使としては「棄権」として取り扱うべき、というのが自然なようにも思いますが、大阪高裁はそこから例外を認めて、以下のように判示しました。少し長いですが、色々とエッセンスを含む部分なので、そのまま引用してみます(太字は筆者)。
つまり、投票する株主が、投票ルールについて十分な理解があるといえない場合に、誤認によって誤った投票を行ったときに、恣意的な取り扱いとなるおそれがないのであれば、例外的な取り扱いをしても良い、さらには、必要な場合には、投票用紙以外の事情も考慮して、「議決権行使によって表明される株主の賛否の意思を適切かつ正確に把握してこれを株主総会の議決に反映させる」ことが求められているとまで言い切りました。
その上で、事前の議決権行使と当日出席との関係については、以下のように判断して、(その他の事情も色々加えてのことですが)結論としては、会社側の主張を認め、神戸地裁の決定を覆すこととなりました。
もっとも、採決方法として投票を採用しつつ、投票用紙以外の事情を考慮することも許される、場合によってはそれが議長に求められる、ということになりますと、会社側として、どこまでが考慮可能な範囲か悩む、ということもあるように思いますし、論理が一貫しているのか、という疑問はあります。
多分に、本件特有の事情を前提とした、会社側を救済する判断というのが率直な感想です。
5.今後の実務への影響
投票が実施される場合に、「投票用紙以外の事情を考慮」するのはそもそも「投票」という概念と矛盾しているのではないかと思われますが、その原因は投票ルールを十分に説明していなかったために株主に誤認が生じたことにある、と指摘されているわけですから、今後は、投票が行われる場合、投票ルールを周知する、ということにはなろうかと思います。
端的に言えば、事前の議決権行使と当日「出席」との関係のルールの周知徹底ですが、当日出席の場合には事前の議決権行使は撤回となる、事前の議決権行使を優先させたい場合は、当日は傍聴扱いとなる、ということを明確化する、場合によっては招集通知にも記載する、ということになるかと思われます。
かなり実務的な話をしますと、これまで当日出席の場合の取扱いがあまり明示されていなかったのは、手続的動議の処理との関係もあるのかなとも推察しています。すなわち、仮に当日議場で手続的動議が提出された場合を想定すると、現在の一般的解釈では、事前の議決権行使(+傍聴)では、賛否を表示できないと考えられます。したがって、委任状による出席も含めて、当日出席の株主をある程度確保しておかないと、仮に敵対的株主が手続的動議(議長不信任動議など)を提出した場合、安定的に処理できないという懸念も生じることになります。一方で、委任状の提出については、代表印が必要になりますので、社内決裁の必要がありますし、委任状勧誘規制との関係も気になりますので、平時においては、積極的に委任状を集めるということはしないわけです。そこで、事前に議決権行使書を提出しているものの、当日は担当者が議場にやってきて傍聴しており、いざ動議が出た場合には、いやいや当日出席であるとして取り扱う、というニーズがあったのかなと想像しました(アドバネクス事件を参照しております)。
もっとも、事前に議決権行使書を提出して、担当者が傍聴もしているような状況で、手続的動議については参加できないというのも、会議法の原則からするとそうなのだとしても、本来、おかしいのではないかとも思います。
6.小括
以上、本件の核心部分に少し触れてみましたが、いかがでしたでしょうか。メールでも、Twitterでも、ご意見、ご感想などお寄せいただけますと嬉しく思います。
本件、残りの題材については、何かリクエストがあれば考えたいと思います。
筆者紹介
私の自己紹介については、以下のページにまとめておりますので、こちらをご参照ください。連絡先は、後記のとおりです。
(了)
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