針のない時計 第一話(後)
「ここはどこ? 家に帰りたい!」
あまりにもこの動く人形がうるさかったので、男はやれどうしたものかと頭を悩ませました。
彼女に惚れ込んで盗んだものの、手を焼くばかりでちっとも癒されません。
壊してしまうのには勿体ない代物でしたが、男はトンカチを片手に大きく振りかぶりました。
しかし、人形に当たる寸前でトンカチは跳ね返されてしまい、男は尻もちをつきました。
その後もトンカチを振り上げますが、なぜか人形には当たりません。
もどかしさに耐えきれなくなった男は、手あたり次第に人形に危害を加えようとして、ついにはぜんまいを抜き取ってしまいました。
すると、なんということでしょう。人形はぜんまいを失ったにも関わらず、男に対して花がほころぶような笑みを向けたのでした。
『忘却の人形』の一部より
薄暗い路地は相変わらずせわしい。積み上げられたゴミ山には酔っ払いが寝転び、どこか遠くから叫び声が聞こえる。殴り合いでもしているのだろうか。
「ほら、おっさん。金をとられる前に家に帰りな」
仕方がなく酔っ払いに手を貸せば「マリアちゃんいいお尻をしているね」なんて言うもんで、一発小突いてやった。これで少し酔いが覚めたのか、おぼつかない足取りで歩き出す。あんな親父にもきっと帰りを待っている家族がいる。後ろ姿を見送りながら、ぽつりと呟いた。
「……ここもすっかり治安が悪くなったな」
こんな夜更けに一人で出歩くのは久々で、ここ最近の騒がしさが嘘のようだった。護衛をする身なら、対象人物を置いてきぼりにするなんてもってのほかだろう。まあ、今はもう関係がないが。
俺、アルベルト・ブラックソンは本物のプー太郎になってしまった。
原因は数日前にさかのぼる。
『お前が……人形?』
『そうよ、もう五十年も生きているかしら』
急に裸を見せられて、心臓に時計が埋め込まれていて。それだけで状況が理解できないのに、ローズは自分が人形だと笑う。
馬鹿な、この世に動く人形なんていない。だってローズは食事も睡眠も取っていたはずだ。俺は現実を否定するように声を絞り出す。
『……いつもの悪戯なら怒るぞ』
『本当にそう思っているの?』
『……』
『あなただって馬鹿じゃない。少しくらい違和感があったはずよ』
少しの沈黙の後、俺は静かに瞳を閉じる。ローズの言う通りだった。
護衛には相手との信頼関係が必要だ。余程の事情がない限り、任務が終わるまで交代は認められていない。だから彼女の護衛役が数えきれないほどいることがずっと頭に引っかかっていた。
そしてローズと政府の関係を調べているときに、彼女の胸に埋まる針のない時計が現れた。これがあるということは、彼女はただの人じゃない。仮に五十年も生きた人形だとすれば、護衛役の交代も説明がつく。
ここまでは分析できたものの、予想以上の出来事に思わず思考が鈍る。状況を全て受け入れるのには、まだ時間がかかりそうだった。まったく頭の痛い限りだ。
『どうせ私は――』
『……え?』
ふいにローズのか細い声が聞こえる。反射的に頭を上げると、彼女は颯爽と立ち上がりドアノブに手をかけていた。
『今さら正体なんてどうでもいいのよ。私の秘密を知ってしまったからには、あなたはクビ。これでさよなら。今ここで存在を葬られなかっただけ感謝しなさい』
そう言って彼女は部屋を出て行ってしまった。呆然とその後ろ姿を眺めていたが、バタンと扉が閉まる音に我に返る。
『ちょっと待て。無理があるだろう!』
叫びながら追いかけるが、寝室に逃げ込んだローズは内側の鍵をかけ、頑なに出るのを拒んだ。為すすべもなく、レイに連絡を取って状況を簡潔に説明する。
レイはローズと二人きりで話すことに成功し、一時的に彼の隠れ家に彼女を匿うことで話は収まった。やけに手際が良かったのは気のせいではない。
待ち合わせた酒屋の扉を開けば、薄暗いカウンター席に一人の男が座っていた。俺の姿に気付いた彼は微笑みながら手を振る。
「やあ、アルベルト。待っていたよ。どうしたの、そんな怖い顔して」
「どうせこうなるとわかっていたんだろ?」
彼は顔色を変えずに首をすくめた。昔と同じ肯定の仕草に、思わず青筋を立てそうになる。ここに来たのはこいつを殴るためではない。そう言い聞かせながら、隣の席に腰を下ろした。
店主から磨かれたグラスをもらうと、レイが酒を注いでくれる。彼なりの気遣いなのかもしれない。冷たい酒を仰ぐと、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「君が言いたいことはわかるよ。まずは彼女の正体のことだろう?」
頃合いを見計らって、レイが切り出した。この様子だと全てを話してくれるようだ。彼に会話の手綱を預けていれば問題はないだろう。
「単刀直入に聞くぞ。彼女は本当に人形なのか?」
「うん。正確には人類の奇跡が詰まった動く人形さ」
あっさりと答えられれば、唸るしかなかった。さてどう反応しようかと思っていると、一つの物語が頭に浮かぶ。
「なんだか『忘却の人形』みたいだな」
それは命あるゆえに悪者に囚われ、記憶を失ってしまった人形の話。
一昔前に出版された子供向けの小説なのだが、その作風と不幸な結末のため人気は出なかった。
俺は興味を注がれて読んだ程度で、後味が悪かったと言う感想しかない。思いつきでこの物語を上げたが、レイは激しくうなずいてきた。
「そう、そうなんだよ。君も見ただろう、ローズの心臓を。彼女こそが『忘却の人形』のモデルなんだ!」
目に焼きついて離れない時計は、金の細工に黒地の文字盤でどこにでもありそうなのに、針だけがない奇怪なもの。
不思議な力が宿っていてもおかしくはないと感じさせた。
「非現実なことなんて信じてなかったんだけどな」
再びグラスに口を付ける。一気に酒を煽るも、不思議と酔わなかった。それどころか冷静さが研ぎ澄まされていく。そして聞きたかったことがようやく頭に浮かんできた。
「どうしてローズが人形だとわかったんだ?」
その質問にレイフォードの目の色が変わる。どうやらスイッチが入ったらしい。
「僕もね、初めはただの女の子だと思ったんだ。十歳の子供が対象なんて、反政府派に狙われている事情があればおかしくはないからね。でも、報告書類を閲覧していたとき、疑問が浮かんだんだ」
レイは一旦喉を潤すように酒を口に入れると、饒舌に語り出した。
「彼女に関する資料の数が少ないんだよ。小さな出来事でも、いつしか大きな事件に変わることがある。こまめに報告するのが義務なのにね。それで調べていくうちにページが差し替えられていることに気付いたんだ。加えて所々穴抜けもしているんだよ。これはもう確かめるしかないよね。それにしても、上司の目を盗んで資料を読み漁ったのは楽しかったなあ」
「おい、あまり熱くなるなよ」
生き生きと語り出したレイフォードの頭を叩いて止める。早めに軌道修正をしないと自分の世界に入り込み、とても面倒くさいことになるのだ。
その証拠に、段々と彼の口数が増えていった。
「はいはい、ごめんね。そこでわかったのは、何年も前から彼女に護衛がついていたこと。上手く隠しているようだけど、僕にはお見通し。細心の注意を払って見つけたのは、五十年前の記録だった」
調査室の資料は重要なものほど簡単には閲覧できないように、暗号がかけられた部屋で厳重に保管されている。その難易度は格別で、解除方法は上層部しか知らないはずだが、レイの手にかかれば関係ない。彼は飄々とした顔で暗号を読解し、必要な情報を読み漁る常習犯だった。
俺は呆れつつも言葉を続ける。
「つまり報告書が差し替えられていたり穴抜けをしていたのは、そのたびに護衛が変わっていたからか」
護衛生活を淡々と語るローズを思い出す。親元を離れてむさ苦しい男たちに囲まれ、精神的にきつかったくらいにしか思っていなかったが、ようやく合点がいった。五十年間もたらい回しにされれば、諦めたような態度になるのも当たり前だ。
「ん、そうなるとローズの正体を知って任務を解かれた奴らって」
「存在を葬られたよ」
嫌な予想の的中に、顔が青ざめた。にっこりと言ってのけたレイは、大丈夫だよと否定する。
「それはずいぶん昔の話さ。今は薬で記憶をちょちょいとやられるだけ。君の場合は特殊で、上司には親戚の養子としてローズを預けたとしか言ってないんだ。もちろん資料は全て偽装して報告をしたから、アルだとは気づいていないよ」
「……まさかとは思っていたけど、お前えげつないな」
「だって他に当てがなかったし、部下に迷惑をかけるわけにもいかないでしょ。それに君は暇そうだったからね。使える人材は使わないと」
緊迫感に欠ける会話に思わず口角が上がる。昔もこんな風に酒を飲みながら何時間も語りあった。日々の鬱憤や事件の見解などぶつけ合って盛り上がって。
思い出すだけで懐かしい。監察官を辞めたとき、もう二度とないことだと思っていたが。
俺は手に持っていたグラスを置き、レイの目をまっすぐに見る。
「なあ、レイ。本当にそれだけか」
「え?」
「なぜ、俺を選んだ」
しばらく沈黙が続く。この酒場には俺たち以外の客はいない。店主は気を利かせてか、この場にはいなかった。閑散とした空間の中で、氷の溶ける音がした。
「……またこうやって君と話せるなんてね」
先に口を開いたのはレイだった。顔にはいつもと違って笑みは張りついておらず、鋭いまなざしでこちらを見つめていた。
「これから話すことは、ほとんどが僕の憶測に過ぎない。ねえ、アル。これは君にとって正しいことかはわからない。だってそれは君自身が決めることだから」
急に語り始めた彼の言葉を飲み込む。この先を聞いたら元には引き返せない。覚悟を決め、レイに向かい合う。
「ちゃんと答えは出す。話してくれ」
レイは微笑みながら頷いた。
「じゃあさっそくだけど、動く人形に護衛をつける意味なんてあると思う? 珍しいから他人に手渡したくない気持ちはわかるけど、僕には監視をしているようにしか見えない」
彼女は人形と言うことを除けば、生意気な子供にしか見えない。ふいにあの厭味ったらしい笑みが頭に浮かび、顔をしかめる。
「まさか、何か弱みでも握っているのか?」
「うん。それも国を揺るがすほどのもの、かな」
思わぬ返答にぎょっとする。レイは何食わぬ顔で言葉を続けた。
「ローズにはね、五十年前の記憶がないんだ。そして、彼女の胸の時計には針がない。これって偶然だと思う?」
そうか、と俺は一つ納得した。レイがローズの事を『忘却の人形』のモデルと言ったのは、命ある人形だからと言う理由だけではない。
物語の人形はぜんまいを抜かれることで記憶を失ってしまった。
「じゃあローズの記憶が二度と戻らないように、護衛という名の監視をしているってことか」
「おそらくはね。それに五十年前と言えば、いくつか疑わしい事があったよね?」
レイの言葉に息を飲む。それは現在の政府が発足したきっかけとなった出来事だ。
「……タイトップ号沈没事件と先代の王の病死が仕組まれていたってことか」
不慮の沈没事故で多くの官吏を失い、さらに追い打ちをかけるように国の象徴であった王までもがこの世を去った。当時の市民の絶望は計り知れない。
そんなとき市民に手を差し伸べて復興の支えとなったのが、現在の政府の幹部だった。彼らは唯一の王位継承者である王子を掲げ、新たな政治を発展させていく。
そのときの繁栄は今でも続いている。一見非の打ちどころがないように見えるが、監察官になって蓋を開ければ驚かされることばかりだった。不正や横領を繰り返しだ。
「自分たちが好き勝手に出来る世の中をつくるために邪魔な存在を葬る。その悪事をローズに目撃されてしまい、無理やり記憶を消した。どうかな、僕の考えは?」
体中が異様な緊張感に包まれる。額に冷や汗をたらりと流し、乾いた喉からなんとか声を絞り出す。
「お前の考えが本当だとして、時計に針が戻れば……」
「この国の闇を晴らせるかもしれない」
これがレイが言わんとしていたことだったのか。
俺は政府の不正を取り締まろうとして、裏切られた。恨むことはなかったけれど、正義を否定された気がしていた。国をより良くするために調査室があるんじゃないのか。そう何度も心の中で訴えた。それは消化されることなく、ずっと心の奥底で沈んでいた。俺は気づかないように隠し続けて、この数年間ただ逃げてたんだ。
「ねえ、君はどうしたい?」
「俺は……」
自覚してしまった以上、自分の気持ちには嘘をつきたくはない。こぶしを固く握りしめ、垂れていた頭を上げた。
「真実を知りたい」
それが俺の答えだった。
「正義とはなにか、この目で見届けたい」
「君ならそう言ってくれると思ったよ」
お互いの視線が交差する。俺は一歩を踏み出してしまった。でもこの先なにが起こったって後悔はしない。むしろ清々しい気持ちになった。
「でも実際『忘却の人形』でぜんまいを戻す場面なんてないから、上手くいく保証はどこにもないけどね。あの話って人形が記憶喪失になって、悪者と暮らしていくところで話が終わるからさ。作者は続きを書いてはいないし、僕の話も合ってるか分からない訳だし。前途多難だよね」
「それでもやってみる価値はあるさ。どうせ俺が護衛をしていることが上司にバレたら、生死を問われるかもしれない。だからこそ思いっきりやってやろうじゃないか」
会計を済まして、外へ出た。火照った顔には、冷たい夜風は気持ちいい。ささやかな明かりが灯った路地裏に、肩を寄せ合いながら歩く。
「もう一度確認するけど、本当に俺でいいのか?」
そう言うと、レイはポケットに手を入れて答える。
「さっきも言ったとおり、君を頼ったのは政府の闇を暴くためでもあるけどさ。五十年経った今、ローズへの危機感が薄れつつあるんだよ。奴らは彼女を腫れ物のように扱うようになり、次世代の担い手に任せようとして、この僕が選ばれた。それが運のつきとは知らずにね。てことで、よろしく」
彼がポケットから取り出したのは、どこにでもあるような鍵だった。怪訝な顔で見つめると、無理やり手のひらに握らされる。
「僕の所有している隠れ家の鍵さ。今すぐローズを迎えに行って。アルほど信用ができて強い人なんていないんだから。僕は針の行方を掴むために、調査室の中から探りをかけてみる。だから君は外から探りをいれてくれ」
「外?」
「中には興味本位で近づいてくる輩がいるんだ。特に反政府派には気をつけてよ。いつ動き出してもおかしくはないからさ。まあ、余裕があれば丁重にもてなしてあげてね」
俺は眉をよせ、深いため息を吐く。要するに守るついでに情報をもぎ取れと言うことか。
「お前って室長の素質があるよ」
「えー、そう? まあ褒め言葉として受け取っとこうかな」
目の前に分かれ道が現れた。そこで一旦足を止め、お互いを見送る。
「色々悪かったな。気をつけて探るんだぞ」
俺が踵を返そうとしたとき、レイの声が聞こえた。
「ねえ、アル。最後に一つ聞いてもいい?」
「なんだよ」
「ローズの事をどう思っている?」
「どうって……生意気なガキ?」
「はは、君らしいや。でもね――」
殺風景な部屋なんて怖くない。
それなのに、どうしてこんなにも胸が痛むのか。
ローズ・ジルフォードにはこの感情の意味がわからなかった。
「あのアホ面のせいよ」
今まで何度も家をたらい回しにされてきた。たくさんの人間に出会い、嫌でも人間の醜態を見てきた。それによって自分の性格が歪んだことを自覚している。
だっていつも同じだから。初めは子供相手にさみしさを和らげようと必死になり、事あるごとに話しかけ、暖かい料理を作ってくれる。しかし、時間が経つと厄介者として扱われるのだ。
「……しつこい奴は初めてだったな」
アルベルトは私の我儘に反応して怒ったり、呆れたりする。上辺だけではない行為に、たったの数日間だったけど、その生活は心地よかった。
「それでもみんな同じなのよ」
ローズは胸に手を当てて呟いた。
ここにあるのは、薄気味悪い針のない時計。
誰かと生活を共にすれば、いつかは自分の秘密がばれてしまう。私は命ある人形だということを。どうせ私は――化け物だから。
秘密を知った人はこれを公表しようとして、存在を葬られた。
きっと彼もそう。あの驚いた顔を見ればわかる。
そしてローズはまた誰かの元へ、転々とするのだ。いつかこの命が切れるまで、永遠という月日を感じながら。
身体を丸めてうずくまっていると、ふいに気配を感じた。廊下から激しい足跡が聞こえてくる。
「――まさか、敵?」
確かレイフォードが言っていた。最近、反政府派たちが暗躍をしていることを。表向きは彼らから逃れるために護衛をされているわけで、狙われるのはおかしな話ではない。
状況を把握するために、一つしかない扉に耳を当てる。
来るなら来い。覚悟なんて、お前らが生まれる前からできているんだよ。
その瞬間、扉が思いっきり開かれた。
「うわああああぁぁぁぁぁぁ!」
「きゃああああぁぁぁぁぁぁ!」
部屋の中に双方の叫びが木霊した。
「驚かせないでよ! このすっとこどっこい!」
「こっちの台詞だ! 危ないだろ!」
どうやらローズが扉の前で様子を窺っていたらしく、急に開けたせいで飛び出してきた。反射的に受け止めると、その身体にはちゃんと脈拍が感じられる。
「どうしてここにいるのよ。クビにしたはずよ!」
「あのな。よくよく考えてみたが、護衛の対象者であるお前に、クビをする権限なんてないぞ」
「……あ」
黙り込んでしまったローズを横目に、先ほどのレイとの会話を思い出していた。
『はは、君らしいや。でもね――どんな形であれ、彼女は人間だ』
鋭いレイの言葉は、しっかりと俺に刺さる。
『感情的で悪態ばかりつく。でもそれは相手に対する彼女なりの思いやりなんだよ。私と関わると碌なことがない、とでも思っているのかな。本当は誰かに頼りたいのに、わざと突き放してしまうんだ』
『……』
昔の君みたいだね、とはレイは言わなかった。でも生暖かい視線を向けられると、恥ずかしさと歯がゆさで思わずそっぽを向いた。
『ローズをよろしく頼むね』
自分の心に嘘をつくのは苦しいことだ。それなのに彼女は五十年もの間独りで耐えてきた。想像もつかないほどの苦悩があったはずだ。
だから、今日で終わりにしよう。
「……お前のことは全てレイから聞いたよ」
「わかっているわ。私が失った記憶が国を大きく揺るがすかもしれないんでしょ」
顔を伏せた彼女に聞こえるように、強い意志を持って告げる。
「俺はこの国の闇を晴らす」
するとローズは顔を上げて叫んだ。
「そんなことできる訳がない。どんなにあがいたって……結局は殺されてしまうのよ!」
「そうかもしれないな」
「……どうして笑っていられるの?」
ローズの瞳越しに、自分が無意識に微笑んでいたことを知る。俺自身どうしてかなんてわからない。だけど妙に心が満たされていて、とても暖かかった。
「独りじゃないから」
「!」
「そりゃ俺だけではなにもできないさ。でも調査室にはレイフォードがいるし、なんだかんだ言ってお互いを信頼している。それにもう一人、信じてみたい奴ができた」
そして俺はローズに向き合った。
「俺たちと共に戦ってくれ。記憶だけじゃない、お前の存在が必要なんだ」
彼女は人形ではない。ならば、対等な立場であるべきだ。
「なあ、このまま黙っているだけでいいのか?」
わざと挑発的な視線を送ると、ローズはむっとしかめて俯いた。そのまま黙り込んでしまったので心配になり、身をかがめて顔を覗き込む。
しばらくすると部屋中に奇声が響いた。見ればローズがお腹を抱えて声が裏返るくらいに笑っている。
「いいわよ、やってやろうじゃない」
「……そうこなくっちゃ!」
俺はローズに向かって手を差し伸べる。
「なによ、この手は?」
「お前、握手も知らないのかよ……ほら、手を出せって」
勢いでローズの腕を掴んだが、拒まれることはなかった。二回りも小さい手のひらを握りしめ、笑顔を向ける。
「これで仲間だな!」
一瞬目を見開いたローズは、照れくさそうに軽く握り返し、そっぽを向いてしまう。だがその横顔は微かに赤く色づいていた。
そして次の瞬間、先ほどの可愛らしい姿はどこへいったのやら。仁王立ちをしたローズが、俺を見下す。
「さて、アルベルト。三食昼寝付き、デザート有りで手を打つわ」
「――はあ」
「私は安くなくってよ」
いつもの嫌味ったらしい笑みに、思わず口元が引きつる。
「……このクソガキ!」
いや、ちょっと待て。ババアのほうが正しくないか?
そんなことを脳内で考えながら、ローズの額を軽くはじく。
「さて、そろそろ帰るか」
こうして俺とローズの奇妙な生活は再開するのであった。
続く
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『針のない時計』 著・大月ゆかな / 絵・さあきゅう
担当編集:齊藤、島崎
編集・日本大学芸術学部文芸学科所属 出版サークルKMIT
※第一話(後)は、8/24発刊9月号に掲載予定です
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