見出し画像

「プラスチックの文化史」 を読んでみた

●はじめに

逗子アートフェスティバル参加作品「ぼくたちのうたがきこえますか」の材料として、2018年からアーティスト松澤有子さん達と逗子海岸拾ってきた漂着プラスチック。
そして、最近参加しているプレシャスプラスチック逗子での活動(今年の松澤有子さんの作品の材料としても使用)。
なんだか、最近プラスチックに縁がある。

こんなに、世の中で使われているのに
こんなに、嫌われモノのプラスチック

人が意図をもって掘り出し、生成し、使われているのに・・・嫌われているプレスチック。
プラスチックの立場になってみたら、「ちょっとそれはないんじゃない?」っと、文句も言いたくなるのではなかろうか。
そして僕らも、日々の生活の中で使う時、なんだかモヤモヤしている。

これだけ世の中に入り込んだプラスチックだけど、歴史をたどれば100年とちょっとくらい。
なんでこうなったのか?
自分自身の勉強のためにも、1999年に出版された遠藤徹「プラスチックの文化史―可塑性物質の神話学」(水声社)の第1章を参考に、その他本や、ネットなどで情報を補足しながら、自分の感想も含めて、ちょっとプラスチックの生い立ち(歴史?)をメモしてみたい。(なので、厳密性についてはチェックしていません)
※この記事は、随時更新していきたいと思っています

●年表

プラ文化史年表

●そもそもの語源

英語でplasticsは、
形容詞 1:形成力がある、形成的な 2:こねてものをつくれる、可塑性の形をつくれる ・・・とあり
名詞として、1:プラスチック、合成樹脂
と、ある。もともとは形容詞
語源はギリシャ語のプラスティコスで、“生長する”“形づくる”“発達する”などの意味。

18C後半に、セルロイドが発明され、最初は柔らかいものが固まって、何かの形にする”加工法”をプラスチックと呼んでいたが、19Cに物質を指すようになった。

  ↓
つまりプラスチックとは、もともとは加工法を示しているのであり、物質そのものを指すものではなかった。
現代も、ポリプロピレンや、ポリエチレン、ポリスチレン、ABS、、、、(古くはセルロイドや、ベークライトも)など多種あるが、それらをまとめてプラスチックと呼称していることが、より”プラスチック”をわかりにくいものにしているような気がする。
(今回、プレシャスプレスチックで材料集めをしている中で、その見分け方に苦労している)


●最初はナチュラル・プラスチックス(ゴムや蝋)

人類は昔から、熱で溶かし加工することを行ってきた。(蜜蝋も言葉の広い定義でいえばプラスチックだ)
近代以降のナチュラルプラスチックとしては
1770年、天然ゴムの消しゴムが作られる(フランス革命前夜の頃ですね)
1845年 バラクイウという木から抽出した「ガッタ・ペルチャ」
1846年代、カイガラムシから取り出した物質でつくられた動物性のプラスチック「シェラック」を発見(高級品)
などがあり、18C半ば程から本格的なプラスチック文化をつくる基盤が作り始められていた。
産業革命と科学の時代という背景も影響していると思う。


●半合成プラスチック

1838年、チャールズ・グッドイヤーが、天然ゴムに硫黄を加えた半合成プラスチックの「硫化ゴム」を開発
1846年 硫化ゴムが、ビクトリア女王の馬車のタイヤに使われる(ゴム・タイヤの始まり)
1885年 牛乳に酸を加えて沈澱させたものにホルムアルデヒドを加えた「カゼイン」の発明

●セルロイドの登場(半合成プラスチック)

1871年 アメリカで象牙の代替品として(南北戦争後に流行したビリヤード玉を作るために)、ハイヤットが「セルロイド」を発明。
パルプから取り出したセルロースに、硝酸と硫酸を処理し、可塑剤となる樟脳を主原料とする合成樹脂。
広範な商用化に耐えうる、最初の熱可塑性プラスチック。
実際にはビリヤード玉の代替にはならなかったが、1880年代に、
象牙、琥珀、真珠、べっ甲など高級素材の代用品として、装飾品や身の回りのもの(ナイフの柄、櫛、鍵盤・・・代用宝石)として広まる。
 → 希少物の大衆化
セルロイドは当初、自然の”希少物の保護”を強調しており、つまり初期プラスチックは「環境保護」を推進する素材だった。
そして、また
19Cアメリカの中産階級の広がりととともに、贅沢品への憧れを満たす、民主的な素材として受け入れられた。

※日本は20世紀前半に、世界的なセルロイド加工国になる。


さらに代用品としてでなく
1890年ころから、写真や映画のフィルムにセルロイドが使われるようになり、最先端の技術・デザインとプラスチックが出会う


●ベークライトの誕生(人工プラスチック)

産業革命を支えた石炭。精製する過程で、石炭ガス/コールタール/コークス(燃料) が生まれる。
初期はコールタールは、公害物質でしかなかった。
1907年、このコールタールを原料とした人工プラスチック「ベークライト」が工業化される。
固くて丈夫、熱や化学物質にも強く、燃えにくく、絶縁性に優れ、さらに生産コストも安かった。
(ただし、彩色可能性が低いことが難点)
人の利用する素材として金属、石、陶器、ガラスなどに加わる、まったく”新しい素材”。
キャッチフレーズ「千の用途をもつ素材」。
企業がメディアを活用し、戦略的なイメージ付けが行われた。
1920年代のアール・デコ、1930−40年代の流線型デザインなどを、製品に取り入れる。
そして、20世紀=電気の時代を、牽引する。
それまでのガス優位の社会に対し、自由な成形性によるデザインと、優れた絶縁性でベークライト製の電気器具が登場。
20世紀の象徴:電気の時代とプラスチックの出会い
同じ時期に量産されたT型フォードなどとともに、アメリカでは機械化と物質的な民主化が進む。

(その後、着色可能なジュリア樹脂、レマリス、ルーサイトなど、他の対抗樹脂が開発される。)


●大不況とプラスチック

1929年からの大不況にともない、企業はコストの切り下げと、デザインによる価値の向上のためにプラスチックをより積極的使うようになる。
デザイナーは大不況の赤ん坊であり、プラスチックは大不況の子どもである
鋳型を用いて機械で一度に成形し、大量生産が可能なため、コスト・ダウンが可能。
宣伝も使い「模造品」というレッテルから、モダニティのシンボルとして。未来を感じさせる楽観主義。
(例:1933年、アールデコ調のプラスチックケースのラジオ)
ただし、この時代のプラスチックの生産量は2億5千万ポンドあったが、鉄鋼の1%にも満たないものであった。

1930年頃、タバコ(キャメル)の箱をセロファンで包み、湿気から守った。
これを皮切りに「清潔」な包装としてのプラスチックが普及していく。


●新しいプレスチックと、ナイロン

1931 塩化ポリビニルが登場。レインコートや、シャワーカーテン、レコードや、ビール缶の内側につかわれる。
そして、1930年代には、コールタール(石炭)からではなく、石油や天然ガスから作られた「ポリスチレン」も登場。

そして1930年、デュポン社のカロザースが”スーパー・ポリマー構造”のファイバー66を製造し、1938年”化学的な概念に基づく”人工繊維「ナイロン」が生み出さる。
それまでの手探りの試行錯誤の末の偶然に依存するのではなく、”分子構造を割り出し、分子レベルから設計図通りに作り出された”プラスチック=ナイロン。
合成の時代
ナイロンは、第二次世界大戦に入り、そこではパラシュート素材として使われ、
終戦後”ナイロン・ストッキング”の爆発的人気。(女性の足を着いの状態でありながら、素足近くに見せる。そしてミニスカブーム)


●第二次世界大戦で使われるプラスチック

コクピット、モルタル・ヒューズから原子爆弾まで、ありとあらゆるものにプラスチックが使われる。
日本に東南アジアを占領され天然ゴムが手に入りにくくなり、アメリカは1942年に合成ゴムを開発。


●戦後の物質文化とプラスチック(使い捨て美学)

1950年代のアメリカは、大量生産と欲望優先の社会が成立。
時代は石炭から石油に完全に切り替わり、石油からガソリンを精製する過程で生じる不要物質”ナフサ”を原料とするプラスチックは、安価な素材であった。

そして、主婦たちには近未来的な”清潔”な素材として受け入れられていく。
濡れた布でひと拭きするだけできれいになる、ラミネート/ビニールコーティングされた、台所や家具。
パーティーに最適な、割れにくくカラフルなメラミン製の皿。
便利で保存がきく、ラミネート・チューブ。
クリーニング店のポリスチレン・バッグ。
軽く、壊れにくく、密閉性も高い、キッチンを清潔にするタッパーウェア。
食品を清潔に保護する、サランラップ等(1957年「サランなしではやっていけない」)

冷蔵庫の普及と、スーパーマーケットの誕生。新鮮さを保ち、軽量・コンパクトで輸送もしやすいラップフィルムや、プラスチック容器などの梱包材料として普及。


子どもたちには
プラモデル、プラスチック製の光線銃、ポリスチレン製の兵隊人形、ビーズ玉、塩化ビニル製のバービー人形(1959 )
フラフープ、フリスビー・・・

使い捨ての美学」の誕生


●ティーンエイジャーとプラスチック

1950年代以降、ティーンエイジャーと呼ばれる新しい層が生まれる。
時間はあるが、あまりお金は持っていない。若者向けの、安価な大量生産品。
ロックンロールと、レコード、カセットテープ。

日本では、戦後、保護政策のもと、繊維産業など石油化学産業が発展していく。
また、一次産業へもプラスチックは浸透し
魚網の合成繊維が占める割合は、1960年に35%→1965年には97%と、5年で急速に変化。
農業には、ビニールハウスとして、広がっていく。

●1970年代

オイルショックがあり、直線的な進歩・発展に陰り。
環境問題・エネルギー問題も浮上し、プラスチックも未来の夢の物質から、安っぽく、人体に危険な物質のイメージがつきはじめる。
(例:否定的な比喩にも使われはじめる:プラスチック・スマイル(作り笑い))
しかし既に、プラスチックは日常生活に入り込んでいた。
ペットボトルの登場と急激な普及。そしてゴミ問題
1979年、プラスチックの生産量が、鋼鉄の生産量を抜く。(鉄から、プラスチックへ)


●1980年代以降

情報化時代の誕生と言われる裏で、フィルム、ディスク、ケーブル、ケース・・・はプラスチック製。
プラスチックは「当たり前」の存在(水や空気のように?)
デザインの新しい流れに適応する素材。(例:初期型iMac)

●プラスチックの原料「ナフサ」

20世紀は石油の時代。
原油を分留すると「ガソリン(揮発油)/ナフサ(粗製ガソリン)/灯油/軽油/重油」の5つに分かれる。
原料が、ガソリンや軽油などの余剰物だからこそ、価格が安い。
安いからこそ、低価格を武器に経済メカニズムを侵略
 ↓
プラスチックを減らしていくには同時にガソリン利用を減らしていかない限り、経済構造的には、その低価格優位性により変化しにくいと思われる。

(参考)

・「プラスチックの文化史―可塑性物質の神話学」(水声社)遠藤徹
・https://www.polyplastics.com/jp/pavilion/beginners/01-01.html

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?